<< 前へ次へ >>  更新
100/365

100話 延命と予言


 フロリアとアロマの眼前に迫るのは百万もの魔物だった。それらは吸血従鬼ヴァンプ・スレイヴ吸血鬼ヴァンパイアであり、魔装士の中でもそれなりに強い者たちが挑む魔物だ。

 だが、覚醒魔装士である二人ならば問題なく滅ぼせる相手だ。



「ふぅぅぅぅぅ……」



 矢に魔術を込めるフロリアは、切り札とも言うべき魔術で迎撃する。人でありながら人という種を超えた超越者とでも言うべき存在こそ、覚醒魔装士である。無限の寿命と無限に成長する権限を手に入れたことで、禁呪すら発動できるだけの演算力と魔力を手にした。

 彼女の会得する禁呪を矢として放つため、詠唱を始める。

 一方でアロマは魔装をさらに具現した。

 無数の樹木が地面より出で立ち、瞬時に樹海となる。そして一つ一つの樹木は魔力を吸収して成長するのだ。



「流石の私も、この規模は初めてね」



 アロマは樹木を帯状に生み出し、百万の不死属を囲い込もうとしている。包囲によって完全な殲滅を目指すのだ。急激に樹木が育ち、大地を侵食する様は異様だ。不死属の魔力を養分として、あっという間に大樹にまで成長する。

 あるいは成長した樹木によって不死属たちは絡めとられ、干からびて消滅するまで魔力を吸収される。

 このままアロマが時間をかけて樹海を形成するだけでも不死属を滅ぼせるかもしれない。

 だが、ここでフロリアの追撃が降りかかる。



「行け……炎の第十四階梯《降焔滅亡カタストロフィ》を矢に!」



 弓につがえられた矢は今にも破裂しそうな紅蓮だ。

 そしてフロリアは上空に向けて矢を放つ。空気を切って矢が天を射抜き、その途中で破裂する。本来、禁呪《降焔滅亡カタストロフィ》は天より燃える硫黄を降らせるという魔術だ。その火炎と毒性が地上を焼き尽くし、殺し尽くす。

 矢として放たれた禁呪は、通常よりさらに広範囲を殲滅する。

 通常の《降焔滅亡カタストロフィ》が流星群だとすれば、矢として放たれる《降焔滅亡カタストロフィ》は雨だ。回避する隙間など存在しない。

 不死属のかなりが炎に包まれた。

 本来は数キロに渡って焼き尽くす魔術なのだが、雨のように細かくすることで五キロ以上の広範囲を焼き尽くすことを可能とする。およそ七十万もの不死属が消滅した。



「次」



 かなりの数を殲滅したが、完全ではない。

 フロリアは次に炎の第十階梯《火竜息吹ドラゴン・ブレス》を詠唱する。局所的に残る不死属を消し去るためには、戦略級が丁度良い。尤も、戦略級魔術を手頃だと考えて使うことから、覚醒魔装士の凄まじさが改めて理解できる。

 さらに、フロリアが構えた矢は三本だ。

 《火竜息吹ドラゴン・ブレス》を三本の矢として形成し、同時に放とうとしている。



「アロマさん」

「分かってるわよ」



 アロマが大地に魔力を流し込むと、三か所で地面が割れた。そして渦を巻くように大樹が生まれ、周囲の不死属を全て絡めとる。枝と枝に挟まれ、根に巻き取られ、不死属たちは身動きが取れない。

 そこにフロリアが《火竜息吹ドラゴン・ブレス》を込めた矢を放つ。

 一直線に薙ぎ払う熱線が三つの大樹を貫き、破壊した。

 同時に囚われていた不死属は消滅した。

 七十万以上の不死属が消滅したことで、かなりの魔力が霧散した。魔力で構成されている魔物は、死ぬことで魔力が霧散する。そしてアロマの魔装は魔力を吸収する力を持つので、霧散した魔物の魔力を奪い取ってさらなる力を具現できる。



「これだけ魔力があれば!」



 『樹海』のアロマは魔装として特殊だ。

 自身の魔力を種、そして外の魔力を養分として育つ。それは植物を操る魔装だった頃から変質することで手にした能力だ。つまり、覚醒者としての力である。

 アロマは自分の魔力から植物の種を生み出す。

 領域型と造物型の複合型だ。

 つまりこの世に存在しない造物を生み出すことができる。



「『王』の魔物を倒すための特別製をくれてやるわ!」



 緋王シェリーのいる、不死属軍の中心で地割れが発生した。

 そして神呪や禁呪を遥かに超える魔力から生まれた魔装の化け物が現れる。魔力を喰らい尽くす、魔物特攻の樹木龍だった。

 それは翼のあるドラゴンとは異なる、蛇に近い龍だ。

 その体表からはツルが伸び、近くに生き残りの不死属がいたら取り込んで魔力を吸収しようとする。猛威は緋王シェリーにも襲いかかっていた。

 いや、最も濃密な魔力を持つシェリーに反応し、樹木龍は牙を剥いたのだった。












 ◆◆◆













 これは拙い。

 緋王シェリーは樹木龍の力を見てそんな危機感を感じた。



(近づくと魔力を取られる……?)



 樹木龍の恐ろしいところは、近づくだけで魔力を奪い成長することだ。これは魔物にとって危機的である。魔力は魔物にとって生命の源であると同時に、肉体を構成する物質だ。つまり、近寄るだけで肉体を削り取られることに等しい。

 シェリーは血液魔法で血の矢を生み出し、樹木龍に放つ。

 それは確かに樹木龍に無数の穴を穿ったが、血液魔法に含まれる魔力を吸収することで瞬時に回復してしまった。つまり魔力を利用した攻撃が通用しない可能性が高い。



「下がってて……」



 シェリーはこの世で最も大切な男ルーヴェルトを下がらせる。血液魔法によって不死属としての生を与えているため、樹木龍の魔力吸収で滅びてしまう。

 大切なルーヴェルトを消滅させられては困るのだ。

 この厄介な相手を前に、シェリーは血液魔法という力を封じられる。



「眷属たち!」



 多くの血と魔力を分け与えられたことで、真祖吸血鬼トゥルー・ヴァンパイアにまで至った眷属が樹木龍へと襲いかかる。

 真祖吸血鬼トゥルー・ヴァンパイアは膂力に優れた不死属で、金属武器すら素手で叩き割るほどの力を持っている。樹木龍など簡単に引き裂けるはずだ。しかし、樹木龍の魔力吸収という性質が真祖吸血鬼トゥルー・ヴァンパイアすら干からびさせる。

 魔力で構成された肉体はあっという間に削り取られ、この世から消滅する。

 災禍ディザスター級である真祖吸血鬼トゥルー・ヴァンパイアすら樹木龍からすれば食事に過ぎなかった。

 勿論、こんなことはシェリーにも分かっている。

 緋王たる権能を行使するために時間稼ぎをしたかっただけなのだ。



「この血を与える……私に従いなさい!」



 世界に生み出された新たなる法則。

 血液魔法が象徴する力は従属だ。肉体に、魂に、血の記憶に刻む服従の証しである。

 シェリーが生み出した最強の魔力の一つ、血液魔力が彼女の両腕に絡みついていた。そして魔力は血管のように枝分かれしつつ空間を侵食し、樹木龍に突き刺さる。そしてあっという間に深紅の血管が浮き出る樹木龍となってしまった。

 血液魔力という、この世界に無かった法則が与えられた龍はアロマの手から離れる。

 魔力を喰らって成長する樹木龍が、完全にシェリーの支配下へと置かれた。

 深紅の混じった樹木龍は、まるでシェリーを慕うかのように頭を垂れる。そしてシェリーはルーヴェルトと共に樹木龍の頭部に乗った。もう樹木龍は完全にシェリーの意のままであり、なおかつ魔力を喰らう力はそのままである。

 つまり、シェリーはアロマの魔装の一部を乗っ取ったのだ。



「私の眷属を食い尽くしただけはあるわね。これだけの大きさなら、馬鹿な眷属より魔力容量も大きいわよねぇ」



 血液魔力で服従を刻み込まれた樹木龍は、さらにシェリーから魔力を注がれる。血液魔法は血を分け与えることで絶対の従属を与える力だ。それは生命のみならず、無機物にも適用される。あらゆるものを従えるこの力こそ、血の契約。

 シェリーが生み出した血液魔力で、ただの魔装にすら血が通った眷属となった。そこに血液魔法を重ね掛けすることで、樹木龍は真の意味で眷属となる。

 『王』によって生み出された植物系の新種、呪血樹禁龍レイライン・アポフス

 吸収した魔力から黄金の果実を生み出す。

 シェリーはその果実をもぎ取り、口にした。凝縮された魔力がシェリーに流れ込む。血液魔力で消費した分は余裕で回復した。



「この眷属便利ね……元になっている魔装を私のものにしてしまおうかしら」

「……」

「もう、嫉妬しないでルーヴェルト。本命は貴方だけよ」

「……」

「ふふ、愛しいわね」



 シェリーは魔力感知で呪血樹禁龍レイライン・アポフスの元となる樹木龍を生み出した魔装士を発見する。そこにもう一人の魔装士もいることは分かっていたが、今のシェリーは恐れることなどなかった。



「さぁ、行きましょうルーヴェルト。私と貴方で永遠の楽園を作るのよ」



 元は人間だったはずのシェリーも、完全な魔物として変質していた。自分と愛するルーヴェルトの二人が永遠に暮らす楽園を作り出すことが彼女の目的だ。

 シェリーの考える楽園とは、全ての生命が彼女に従属するというもの。

 目的のため、シェリーはルーヴェルトを伴いつつ、呪血樹禁龍レイライン・アポフスに乗って覚醒魔装士の元に飛んだ。












 ◆◆◆










「魔装が……乗っ取られた……?」



 血液魔力はアロマにとっても予想外だった。確かにアロマは最も古い聖騎士だが、『王』の魔物と戦うのは初めてのことである。

 魔法と、その本質たる魔力のことまでは知らなかった。

 『王』の魔力がどれほどのものか、初めて知った。



「どうしたの? 魔装が乗っ取られた?」

「私の樹木龍が制御を乗っ取られたわ。こっちに来る」

「……射貫くわ」

「お願い」



 フロリアは魔装の弓を構える。

 魔装が乗っ取られたとしても、樹木から生み出されていることに変わりはない。得意の魔術矢で撃ち抜けば倒せると考えた。

 ただ、一つの懸念を感じつつ。



(もしも魔力吸収の力が健在なら……)



 炎の第十階梯《火竜息吹ドラゴン・ブレス》が一つの矢となる。



(私の矢は……)



 深紅の閃光が一直線に飛ぶ。

 それは遠距離からでも充分に確認できる樹木龍へと飛来した。軍隊を薙ぎ払うほどの魔術を凝縮した一撃だ。樹木龍も容易く貫くはずだった。

 しかし、フロリアが予想した通り魔力で生み出された熱線は樹木龍……いや、呪血樹禁龍レイライン・アポフスに吸収されてしまった。アロマの魔装の力はキッチリ残っている。



「最悪ね」

「アロマの魔装は魔物殺しであり、魔装士殺しでもある……まさかこんな形で実感するなんて」

「……引くわよ。不死属の殲滅は達成したわ」

「あの樹木龍は?」

「こんな時、セルスターがいれば良かったんだけど」



 冥王に殺された『封印』の聖騎士ならば、魔力吸収の力すら封印できただろう。しかし、それは文句を言っても詮無きこと。

 アロマとフロリアは撤退することにした。



「神子姫様の予言を聞きましょう」



 未来視の魔装士たる、予言の神子姫は神聖グリニアの持つ切り札の一つだ。魔神教の力を使って探し出した稀有な魔装なら、『王』の魔物に対抗する方法も見つけ出せるはず。そんな希望を抱いて、今は戦線を下げることを決めた。

 魔物に撤退を強いられる。

 これは最高の聖騎士にとって汚辱にまみれた決断である。

 だが、無闇に突撃して身を滅ぼすほど愚かではない。今は雌伏しふくの時だと、忍耐の心で敗北を受け入れるのである。



「ではアディバラの大聖堂で神都と連絡を取って頂くということで」

「今は逃げるわよ」



 呪血樹禁龍レイライン・アポフスは暴れまわりながら周囲の魔力を吸収して、さらに巨大化しているようだ。そして緋王シェリーは呪血樹禁龍レイライン・アポフスに乗ってこちらに迫っている。逃げるにしても足止めが必要だ。

 アロマは自身の魔装の中で、最も強大な術を行使することを決めた。



「限界まで魔力を使うから、抱えて逃げてね」

「まさかアレを?」

「アレを使わないと逃げられないでしょ?」



 覚醒魔装士は魔力が自動で回復するという、法則から外れた存在だ。そのアロマが回復の追いつかないほど魔力を注ぎ込むことで、切り札ともいえる力を使える。

 彼女の二つ名の元になった力を。



「樹海神域、降臨」



 領域造物複合型魔装だけあって、領域に干渉する。

 アロマが指定した領域に植物の種を生み出し、魔力によって急成長させる。魔力を吸収する性質によって急成長を遂げると同時に、敵の力を奪い去る。

 天を覆い隠すほどの大樹が出現し、迫る呪血樹禁龍レイライン・アポフスとシェリーを包み込んだ。

 そして巨大樹は周囲の魔力と呪血樹禁龍レイライン・アポフスやシェリーの魔力を吸って枝葉を伸ばし、自動で種を生成し、その種が新たな大樹となる。魔力の限り大樹の無限生成を可能とする、封印術に近い魔装の奥義だ。

 呪血樹禁龍レイライン・アポフスも魔力を吸収する力を有しているため、これは巨大樹と魔力の食い合いになる。少しでも気を抜けば呪血樹禁龍レイライン・アポフスですら魔力を吸収され、巨大樹の養分となるだろう。

 魔力の食い合いが一時的な停滞を生み出す。

 これによってアロマとフロリアは逃げる隙を得た。



(今のうちに)



 覚醒魔装士ですら枯渇するほどの魔力を消耗したのだ。アロマはしばらく動けない。

 フロリアは彼女を担いで、走り出す。

 魔力による身体能力強化があるので、フロリアでも問題なくアロマを担いだまま走れた。こうして、二人は無事に撤退を果たす。

 だが、アロマは選択を間違えた。

 呪血樹禁龍レイライン・アポフスに乗っていたのは緋王シェリーだけでなく、彼女の最も愛するルーヴェルトもいた。そしてルーヴェルトは不死属になったとはいえ、それほど強くはない。覚醒魔装士の切り札たる魔装に巻き込まれて無事なハズがなかった。

 緋王の怒りが爆発するまで、あと十三日。

 その日までにシェリーを始末できるかどうかで、神聖グリニアの運命が変わる。今、スラダ大陸は東西で運命の分岐点を迎えていた。











<< 前へ次へ >>目次  更新