第099話 説得2
ある日のこと、安達が学校を休みました。
理由は風邪を引いたためというシンプルなもの。
普段休み時間には二組の教室にやってくる加賀見・春野・日高もこの日は安達に配慮してか来なかったので、安達には悪いが今日は心穏やかに学校生活を送れると思っていた。
思っていたのに。
「今日ミユのウチにお見舞い行こうと思うんだけど」
「そうか」
「アンタはどう……って奄美先輩の件があるから無理か」
「そうだな」
「ミユ、昨日は何ともないように見えたのに」
「そうだな」
「少しは真面目に答えろよ」
俺がしめやかに昼食を頂いているその向かいから声がひっきりなしに飛ぶ。
本当は答えたくないのだが、答えないと久方ぶりの「制裁」が飛んできそうなのでとりあえず話を合わせるも、相手は何故か不満らしい。
ちなみにその相手とは加賀見という少女です。
この昼休み、加賀見は安達がいないのを承知の上で二組の教室に足を運んで当たり前のように俺の席へ机と椅子を合わせた。
その椅子と机についてはいつもこの教室で余っている隅のものを奴が無断拝借しているのだが、何でクラス担任はこの暴挙を見送っているのだろうか。とっくに把握してるはずだよね。
しかも加賀見に悪びれる様子は全くない。
さっさと無断で借りた机の上に自分の弁当を広げ、これまた無断で借りた椅子の上に腰を下ろして今日も今日とて「頂きます」と弁当を口に運んでいく。このときの姿勢やマナーがやけにいいのが何ともいえず腹立つ。
で、さっきの話題が繰り広げられていた次第です。
「アンタもミユのこと心配じゃないの?」
「いや、心配だよ。心配ですとも」
「ホント?」
「うん、ホントに」
「嘘だったら削るから」
「何を⁉」
鉛筆じゃないのは確かだな。ただ本来なら鉛筆を削るための器械で別の何かを削ってきてもおかしくないな。そういう人(の皮を被った悪魔)だもの。
「まあそれは置いといて」
オイ、こっちは聞き捨てならないんだが。でも怖いので黙っておく。
「奄美先輩の件はどう?」
「んーまあボチボチ」
奄美先輩の一件について放課後参加しているのは当人の奄美先輩と協力者の俺の二人のみ。
以前は加賀見と春野も協力していたが、先輩がやはり人数は絞りたいということと男手のある方が何かと便利だろうという理由で、彼女達は関わらないようになった。
まあでも俺にとってはその方がマシではある。
春野はまだしも加賀見が放課後にまで俺の時間に干渉してきたらもう本当にストレスで体がどうにかなると思う。半目とツインテールが一生もののトラウマになること間違いなし。
「ふーん、真面目に取り組んでんだ」
「お前がそうさせてるんだろうが」
俺のトラウマ候補の筆頭になっている少女が他人事のように言ってくるが、例によってコイツがそうさせているのだ。
奄美先輩に協力するメリットがなくなった当初はこれ以降の協力を断ろうと考えていた。
それを見越した加賀見が奄美先輩に
「コイツが来なくなったらいつでも言ってください。説得して連れてくるんで」
と俺もいる前で宣言してみせたのだ。
奄美先輩も「それならお願いするわ」と了承し、以後奄美先輩と加賀見は定期的に俺の参加状況について連絡を取り合っているのだとか。加賀見の言う「説得」が一般的並びに辞書的な意味から著しく乖離していることを知っている俺は
「やだなー先輩。これでもう来ないなんて不義理な真似はしませんよ」
と返事をするのが精一杯だった。お陰様で奄美先輩との打合せは今のところ皆勤賞です。全く嬉しくないです。
だいたい、加賀見と奄美先輩が定期連絡取ってるんだったらそこで状況聞けるだろ。俺にわざわざ確認するまでもないだろ。バカじゃねーの。
……なんてことを言ったら蜂の巣にされそう。加賀見が銃器を持っているとは思わないが、それでも奴なら人を蜂の巣にできると思う。何故かわからないけどそんな気がするんだ。
「まあまあ、人助けになるんだからいいことじゃん」
「このままだと俺が潰れそうなんだが」
「そう言ってる余裕のある人間はまず潰れないから安心していいよ♪」
「すごい残酷なことをすごい軽快に言ってくれるな」
いつの間にか弁当を食べ終えていた加賀見が健やかな笑顔を俺に向けた。誰かこの残酷な天使を天の世界に戻してくれないだろうか。何ならもう二度と人の世界に降りてこなくていいですよ。
作中きっての癒しキャラ加賀見のメイン回