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第098話 プリント

 数学係の仕事が久しぶりにやって来た。

 ここ最近はとんと仕事がなく「数学係になってよかった」と係の仕事内容に大変満足していたのに。


 そんなわけで同じく数学係の一員である安達とともに職員室へ向かっている。

「いやー、久しぶりだねコレ」

「俺としては久しく仕事がないままでもよかったんだけどな」

「そこまで面倒な雰囲気出さなくても」

「お前数学係の仕事好きなの? それなら俺の分もどうぞどうぞ」

「別に好きってわけじゃないけど。あとしれっと私に全部押し付けるのやめて」

「正直別件で忙しくって数学係の仕事をやってる暇ないんだよね」

「へー、何が忙しいの?」

「確定申告とか年末調整とか色々」

「それらが何なのかはよくわからないけど、絶対嘘ついてるのだけはわかる」

 安達さん、半目でこっちを見るのやめてください。その目つきで普段過ごしてるツインテールのことを思い出してしまうじゃないですか。


 安達とこうやってガッツリ対話するのも久しぶりだな。

 ついこの間までは奄美先輩の一件に掛かり切りになっていた都合で話をする時間が中々取れなかった(ようにした)。

 その奄美先輩との協力する時間が放課後に限定されたことで、今回の数学係に限らず教室の休み時間やら昼食のときやらに再び一緒に過ごすようになった。要は元の木阿弥である。

 もっともそのときは加賀見・春野・日高も揃っていることが多く、俺よりはその三人と話をしている割合が高い。そのときの俺はかつてと同様ラノベを読んでいる傍ら、加賀見に突然話を振られても対処できる程度に彼女達の話に耳を傾ける「ながら読み」をやっている。こんなながら読み嫌だ。

 なので安達と二人での対話はもっと前になる。最後にちゃんと会話をしたのはいつだったか。何か林間学校でも二人で話した気がするが如何せん記憶が薄い。


 安達の方はそういうブランクを全く感じさせず、どんどん俺に話題を振った。

「ね、最近何かハマってるものとかあるの?」

「いや、別に。最近は家に着いたらとっとと寝てばかりだからな」

「えー、疲れてるの? どして?」

「お前らや奄美先輩の相手で時間取られまくっててな」

「あー……」

 かつては放課後ともなれば一人でただちに下校して余暇時間を家でゆったり消化していた。

 ところが奄美先輩の一件以来先輩との作戦を放課後に付き合う運びとなり、下校する時刻が以前より優に1時間は遅れるようになった。

 学校の休み時間での過ごし方においては先程述べた通り。一人でゆったりと過ごす時間がさらに減ってしまった。

「まあそんなこともあるよ。気にしないで」

「そんな事態を引き起こしてる原因の一人が言うことなのか」

「うん」

 何の躊躇もなく「うん」って言いやがった。コイツも加賀見のふてぶてしさに感化されて久しい気がする。今度から加賀見二号と呼んであげようか。


 以上の事情から今となっては土日祝が俺の心の癒しとなっているが、この聖域とも言える時間にまで奴らが浸食してきたら一体どうしよう。その場合は一日中家に引きこもって連絡を一切遮断すれば平穏無事に乗り切れるんだろうか。でもそれをすると聖域から出たときに待ち構えている奴ら(というより加賀見)が何をしてくるか恐怖でたまらなくなるな。

 と、土日祝に過ごしていることで思い出した。

「そういえばハマってるものあったわ」

「へー、何々?」

「クロスワード」

「あー……」

 あれ、安達さん声の調子急に変わりすぎてません?

「何だ、クロスワードが嫌いなのか」

「イヤイヤ違うよ。嫌いじゃないけど、ただ何というか、あまり興味が、というか……」

 うん、興味がないんだね。

「世に公開されて100年以上は経っている老舗のゲームなんだぞ」

「あ、そうなんだ……ゴメン、それ訊いても私やってみるよとはならないかなって……」

 次第に声が小さくなっていく安達。心なしか俺との横並びに歩いている間隔まで遠くなってってるような。


 あれ、これって俺にとってチャンスでは?

 このまま安達に興味ない話を延々と続ければ俺と自然と距離を置くようになるかもしれない。

 俺の方も会話にエネルギーを使うことになりそうだが、効果はありそうだ。

 ああ、でも加賀見が会話に混じってる場合は「興味ない」でバッサリ切ってさっさと別の話題に切り替えそう。安達と二人のとき限定で効く手か。

 これから数学係のときとかで安達と二人のときは使ってみるかと検討する内に職員室へ辿り着いたのだった。


 職員室から取ってきた数学の授業用のプリントを二人で分担して運んでいるとき。

 廊下の窓から突然風が吹き、窓側を歩いていた安達の持つプリントが何枚か飛んでいった。

「あ」

 と安達がぼやいている間、俺は自分の両手で運んでいたプリントを脇に抱え直し、余った片手で飛んでいったプリントを一枚残らずキャッチ。ひーふーみー……全部で5枚と。

「あ、ありがと。スゴいね黒山君」

「別にそうでもないだろ」

 拾ったプリントが少ないのもあり、俺の持ってるプリントの束に入れて運ぶことにした。

「黒山君、ひょっとしてできないことの方が少ないんじゃないの?」

「そんなバカな。俺はできることの方が圧倒的に少ないぞ。人間ポンプとか」

「そういうのはできなくても問題ないんじゃないかな……」

 安達が窓からなるべく遠い方に移りつつ、俺と横並びに歩いた。

 そのまま二組の教室に戻るまで他愛のない雑談をしていた。


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