第096話 奄美雛
一目惚れ、というやつなんだと思う。
私が榊君という一年生を初めて見たのは一学期のことだ。
何かの用事で廊下を歩いていると向こうから男子の集団が通りかかってきたので、ふとその集団を見たらひと際目立つ男子がいた。
彼らが通り過ぎた後もあの男子は一体誰なんだろうと気になっていたら、数日後に彼が榊俊也という一年でも有名なサッカー部員であると知った。
彼のことを見守るファンクラブなるものの存在もほぼ時を同じくして知ったが、自分は特に入る気にならなかった。
しかし、彼ともっとお近付きになれたらという思いはくすぶっていた。
二学期になっても彼と交流を持ついい機会が巡ってこず、かといって自分からアクションを起こす勇気が中々出ないままに過ごしていたとき、私にとって衝撃的な噂が流れてきた。
榊君が一年五組の春野さんという一年に公衆の面前で告白し、あっさり振られたということだ。
春野さんも榊君同様に聞いたことのある名で、移動教室か何かの機会に見たことがあった。
相当に美しい容貌で、これなら確かに榊君と並んで噂されるなと思った。
以前から榊君が好意を寄せている相手として噂されていたが私は懐疑的だった。
しかし、一年に目撃者も多数いるその情報を小耳に挟み、榊君が既に好きな人がいるということを認めざるを得なくなった。
自分から行動を起こさない内に彼は私の知らない別の誰かを好きになり、具体的な行動まで起こした。
その事実に私は衝撃を受け、私も何かしなきゃという気分に駆られた。
それに彼は今傷心中だろうから、今告白すればつけ込めるかもという下心もないではなかった。
告白にはまず相手とかち合う必要があると、手紙で呼び出すことにした。
誰にも見られないように朝早くに登校して、榊君の下駄箱まで来るも未だに踏ん切りが付かずその場に留まっていた。
その結果、とある男子と知り合うこととなった。
その男子、黒山君は榊君と同じ二組所属とのことから口止めと同時に協力を依頼した。
榊君とは特に仲良くないみたいだが、それでも今自分が一人で事に臨むより幾らか融通が利くはずだ。
すると、彼は報酬にお金を求めず、代わりにこんなことを求めてきた。
「先輩との用事があることを証明できるような材料が欲しいんです」
「材料?」
「はい。例えば頼み事があるから来てほしいとか、先輩からメッセージを送って頂けると自分が知り合いを説得するのに助かります」
へ? そんなことでいいの?
「……わかった。こっちとしても寧ろ都合がいいし」
「ありがとうございます」
「でも、何でわざわざそんなお願いを?」
「付き合いのある奴の一人が自分の言葉を疑ってかかりそうなんですよ。そこで物証があれば奴も納得するだろうと思いまして」
「ふーん? まあいいけど」
何かややこしい交友関係がありそうだが、私にとってはどうでもよかったので深くは追及しなかった。
黒山君を味方に引き入れた私は彼とともにアイデアを出すための打合せを行った。
そこまではいいが彼の出したアイデアがどうにも私を虚仮にしているようにしか思えず、つい激昂してしまった。
時間が経ち自分から協力しておいてひどい態度をとったと反省してみると、黒山君の案について基本的なコンセプトはそんなに悪くないものに思えてきた。
とはいっても例のシナリオをそのまま使うのは色々と難があるので必要な部分だけ抜粋させてもらおう。
黒山君とシナリオで採用するシーンを練習していると二人の女子が声を掛けてきた。
黒山君に対して呼び掛けていたので黒山君の知り合いか、何か誤解してそうだし説明してあげようと思っていると一人はどこかで見た顔だった。
もしかして、と名札をちらりと確認したら春野さんだった。
内心動揺していたが、何とか平静を保って相手することができた。
正直、春野さんに何も思う所がないといえば嘘になる。
だが彼女は榊君への好意らしい好意は特に見せておらず、それどころか彼の告白を袖にしたと聞いている。
それなら特に私の脅威になることはないか、と前向きに捉えることで春野さんへの関心を薄れさせることができた。
榊君への告白後も黒山君との作戦は続行した。
業間休みや一緒に昼食を摂りつつの昼休みを中心に、私達であれやこれやと話し合った。
「付き合ってくれたらお金をあげる、で成功するんじゃないでしょうか」
「それ成功しても私じゃなくてお金が好きってことじゃないの」
黒山君のアイデアはいつもどこかズレていた。
だが会う回数を重ねる内に、彼の様子からは彼なりに今の作戦のことを真面目に考えてるんだろうというのはわかっていった。
榊君のことだけに同じクラスの女友達に相談しづらい中、黒山君と作戦を考えるこの時間が次第に重要なものへと感じるようになっていった。
そして現在。
加賀見さんや春野さんと約束した通り、黒山君との打合せを放課後に限定することとなった日のこと。
自宅に帰り自分の部屋に入るとそこには毎日見慣れた顔が居座っていた。
「んー、おかえり。お姉ちゃん」
妹の奄美葵は私の部屋のベッドにうつ伏せで寝転がってスマホを見ていた。
長袖と半ズボンの部屋着を身に纏ってゆったりと寛いでいる。
「ただいま。……ねえ、受験勉強はいいの?」
勝手に部屋に入るなと何度窘めても聞かないので、私はやがてその辺りを指摘しなくなった。両親もそういうことには甘いし。
「さっきやって、今は休憩中でーす」
「いつも言ってるけど、自分の部屋で休んでよ」
「いつも言ってるけど、このベッドが一番寝心地いいんだもん」
「はあ……」
どういうわけかアオイは私の今使っているベッドを大いに気に入り、事あるごとに独占してくる。
夜の就寝時は流石に私が使っているが、アオイの奔放さには頭が痛くなる。
「で、黒山さんって人との作戦って成功したの?」