第095話 返す返すも
「皆、待たせちゃったみたいね」
「いえ別に」
奄美先輩はいつものように堂々とした姿勢で俺達の前に立っていた。
「それで、お話とは何でしょうか」
前置きなく、いきなり訊いてみる。気になることはさっさと終わらせたい性分なもので。
「ええ、まず加賀見さんと春野さんに」
「はい」
「は、はい」
奄美先輩が加賀見と春野の方に向き直る。
「ごめんなさい、折角あなた達に色々と手間を掛けさせちゃったけど、あの方針は一旦取り下げさせてもらっていい?」
「はあ……」
「それは……どうしてですか?」
加賀見と春野が訝しげな表情に変える。
「あれでもし成功したとしても、あんなこと、多分自分じゃ再現できない。彼と会う度に加賀見さんと春野さんに頼ることになっちゃうし、自力で彼を振り向かせなきゃ意味がないって思ったのよ」
「……そうですか」
「奄美先輩が納得できないというお話なら、しょうがないですね」
奄美先輩への説得は無駄そうだと、二人はこれ以上口を挟まなかった。
あれ? これって俺にいい流れじゃね?
奄美先輩と二人のやり取りを察するに、二人に奄美先輩を王子と結ばせる手段はこれ以上ないようだ。
うまくいけば二人はお役御免として、奄美先輩や俺の関わるこの件から手を引かざるを得ない、という展開も望める。
もっとも現状役に立ってないのは俺も似たようなもんなので、展開は奄美先輩の胸先三寸によるが。
「それと、黒山君の件だけど」
「あ、はい」
先輩が向きを変える。俺の話という割に、俺の方だけでなく三人に一斉に聞かせるような向きだった。
「朝や昼の休み時間に作戦で集まるのは止めにしましょう。その代わり、放課後は私との作戦に付き合ってくれない?」
俺にとってはいい流れを一気にぶった切る話だった。
え、嘘? 冗談?
それがもし通ったら、休み時間はかつてのように安達・加賀見・春野・日高といった女子四人にまた付き合わされることになる上に、今までは何だかんだ自分の時間が確保されていた放課後まで時間を割く羽目になるのですが。
そんなの先輩の要請と言えども認められないんですが。
「あの、先輩、それは流石に」
「私達はそれでいいです」
「は、はい、大丈夫です!」
俺の言葉を制するように加賀見・春野が奄美先輩の提案を受け入れた。コイツら……!
「おい、いくら何でも」
「アンタは黙ってろ……!」
加賀見さん、ここでドスを利かせた言葉を炸裂。無表情の癖してこっちが呼吸するのすら躊躇するぐらい迫力のある視線を俺に浴びせ、有無を言わせなくされる。
コイツ、俺に対してだけは何も容赦しねーな。奄美先輩に対しては目上ということもあるからか慇懃な態度を決して崩さないでいるが、相手が俺の場合だけは徹底的に行動を抑え込もうとしてくる。
だからこそ奄美先輩の一件を利用してここまで無事平穏に過ごしてこれたわけだが、これからはもうそれも通用しそうにない。
何せ、奄美先輩と加賀見達の間で俺の知らない内に話が済んでしまったようだから。
思えば、昨日の加賀見達が奄美先輩に協力するという所まで事態が進んでいた段階で俺の目的は半ば破綻していたのかもしれない。
そもそも奄美先輩と加賀見達の間がそうなる展開すら可能性が相当に低いと見ていた。
それで特に対策する必要もないかと奄美先輩とのやり取りに集中していた結果、またもや加賀見に出し抜かれた。
後は雪崩れ込むように話が進み、ついには奄美先輩が上のようなことを言い出した。
返す返すも、悔しい。
以前と同じような失敗を繰り返してしまった。
俺は後何度加賀見にしてやられたら学習するのだろうか。
「ありがと、今後もよろしくね、黒山君」
「……自分がお役に立てるようなら」
今回の目的の破綻を見た俺は、奄美先輩にただこう返事した。
加賀見の表情は確認してないが、俺の絶望の表情を見て笑いを堪えているんだろうさ、どうせ。
明くる日の業間休み。
二組の教室にて俺はラノベを飛んで過ごす。
ここの所はずっと別件で忙しかったので、こうするのも久しぶりだった。
もっとも、その忙しかった日々の方が充実していた。
「いやー、こっちで話すの久しぶりだね」
「コイツがここを動く気ないってダダをこねるからね」
「リンちゃんは大丈夫?」
「うん、平気。 ……少しずつ慣れてくよ」
忙しかった間はこの女子達との話に付き合わされる面倒がなかったからだ。
安達・加賀見・春野・日高がまたしても俺の席の近くに集まり談笑していた。
俺を時折会話に巻き込む展開も健在だ。
コイツらは俺のいない間、一組の教室で集まっていたそうだ。理由は……まあ察しがつく。
それならお好きにどうぞと僅かな望みに賭けて二組の教室を梃子でも動かない姿勢を見せたら春野が「私は二組でもいいよ」と答え、結局かつてのように俺の席の方へ春野と日高が来るようになった。
王子の方の様子はどうなってるかと一瞬思ったが、別にどうでもいいかと目を向けなかった。
そんなことより今の俺にはもっと差し迫った問題があった。
「こんにちは、黒山君」
「こんにちは、先輩」
忙しかった別件は放課後に回すこととなり、放課後まで一人の時間を奪われることとなったのである。
「ちょっと、何かやる気ないんじゃない?」
「ハハハ、そんなまさか」
奄美先輩は相変わらず王子と結ばれるために、俺に案出しやら何やらの打合せに付き合わせてくる。
ちなみに加賀見達の策とやらは後で奄美先輩に訊いた。美容の技術についてトンと心得のない俺には全く真似できずかつ上手くいきそうなアイデアで内心ヒヤリとしたのだが、その策をあの日先輩は蹴っ飛ばしてまた新たな作戦を俺に求めてきたわけだ。
正直全然自信がない。前はメリットがあったから作戦の成功を引き延ばしするのは都合が良かったが今は寧ろ都合が悪い。さっさと作戦を成功させようにもいいアイデアなど早々浮かばず先輩と二人で無駄話に終わる毎日だ。
一体どうすればいいんだ、と思いながら今日も俺は学校生活を送っていた。