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第094話 呼び出し

 加賀見さんにメイクしてもらった姿で、私は一年二組の教室を目指す。

 目的は勿論榊君に会うこと。何を話すか歩きながらシミュレートしていく。

 以前は黒山君に仲介してもらったが、一度顔合わせをしているのだし、不要だろう。

 とにかく今の、この状態が効果あるのか試したかった。


 これで、榊君と結ばれるかもしれない。

 二週間近く掛かった作戦も終わる。

 黒山君との協力も終わるだろう。


 そこまで今後を想像したとき、ふと過去のシーンが頭を巡った。

『それに比べれば好きな人へのアプローチなんて可愛いものです』

 黒山君が私に言ったことだった。



 ある程度予想はしていたけれど、告白が失敗に終わり、そのショックは凄まじいものだった。

 向こうは相手を選ぶ権利がある。

 自分の好みに合わなければ告白されて断っても何らおかしくはない。

 それに、告白することで自分のことを憶えてもらえる可能性がある。

 だから、今回告白に失敗してもまた次に繋げる。


 黒山君にそう言って告白に踏み切ったものの、所詮それは強がりだと思い知った。

 あのまま黒山君と組んで事を進めても彼には悪いが希望が見えなかったし、それならさっさと白黒付けてもいいような気分に当時なっていたのだ。

 いざ実際に告白を断られ、「あなたじゃダメです」とハッキリ突き付けられた気分を味わってみると、もう一度やってみようという気力はほとんどなくなってしまった。

 告白を断られた場所である第一校舎の裏手の薄暗さが当時の自分の気分に何となく合っていた。もう少しここに留まろうかと思ったがそれ以上に榊君とこれ以上一緒にいるのがしんどくなってさっさと裏手を出ようとしたら、見慣れた後輩の姿があった。


「覗きなんていい度胸ね」

 八つ当たりがてらそんな言葉を吐く。実際問題、こんな所で告白するのをわかってて覗き見とはいい根性してるなとも思った。だから謝らない。

 黒山君に今後のことを訊かれて今の気分のままに時間を置こう、要は遠回しに諦めようと言ってみたら、黒山君から先程の言葉が出てきたのだった。



 当時のことを思い出し、フっと思わずほくそ笑む。

 繰り返すが、この作戦が成功したらもう黒山君とも関わることがない。加賀見さん・春野さんといった黒山君の友達とそういう約束をした。

 この作戦が終われば……。


 一年二組へ向かっていた足を止めた。

 今一度、向かう先のことをじっくりと考えた。



 奄美先輩が加賀見・春野に協力を仰ぐといった日の翌日。

 加賀見・春野・俺に話があるから来てほしいと言われ、昼休みの弁当を食う前にいつもの場所に向かう。

 当然、気は乗らない。だが、もしかしたら今後の方針について重大な話をするかもしれないので仕方なく向かうことにした。

「へえ、来たんだ」

「先輩の呼び出しだからな」

 集合場所の、第一校舎の片隅には既に加賀見が到着していた。俺達の教室は同じ第一校舎にあるんだから俺達が先着するのは必然的だ。

 加賀見は両腕を組んで壁に背中を預けていた。ついでに片足の膝を曲げ、足の裏まで壁にくっつけている。行儀の悪いことで。

 俺は加賀見と向かい合う気にならず、奴の横の少し離れた壁に寄り掛かった。


 奄美先輩や春野が来るまで時間が掛かるであろう。

 加賀見と話すこと自体は気が乗らないが暇潰しに気になっていたことを尋ねてみる。

「一ついいか」

「ダメ」

「そうかい」

 会話が終わった。まあ加賀見だし、しょうがないな。

「冗談に決まってんでしょ。そんなこともわかんないの?」

「普段のお前まんまの仕草だったじゃねーか」

 あんな真冬の水道水より冷たい対応取られたことなんて一度や二度じゃねーぞ。

 だからこそお前と関わらずに済んだ日々はずっと心が平穏だったというのに。


 ここ最近の平和と今の苦境とのギャップを思い出して気分がブルーになる前に質問を再開する。

「結局、お前と春野の策って何だったんだ?」

 昨日は奴らの策を見届ける前に帰ってしまい、しばらくやる気のないままに過ごしていた。

 しかし今日になってから無性に気になってしまったのだ。

 あの後、奄美先輩からどうなったのかは聞かされていない。俺が帰った後の出来事は俺にとって今の所闇の中だ。

「教えない」

 加賀見がそう突っぱねた。

「なら春野に訊くさ」

「そこまで人が秘密にしてることを知りたいの? うわー悪趣味……」

「お前の解釈の方がずっと悪意あるだろ」

 そもそも俺もお前も奄美先輩の件で協力してる立場なのにその策で隠す必要あんのか。一体何したんだよ。

「もう一つ訊くが、奄美先輩は見事に榊と付き合う運びになったのか」

「さあね。でも失敗したとしても、また協力するつもり」


 間もなく春野もここにやって来た。

「こんにちは、二人とも」

「ん」

「おう」

 春野は俺と加賀見の手前かつ、中間ぐらいの位置に立つ。

「奄美先輩、何の話をするんだろ」

「私も予想つかない。とりあえず先輩待と」

「そう……」

 春野にとっても、今の状況はそれなりに不安なようだ。

 コイツのことだから、先輩の恋が成就することを真摯に願っているのだろう。その相手はお前の苦手な男だというのに、お人好しなことである。

 ……そう思ったが、春野にとっては王子が構ってこなくなるチャンスだから期待してるって考えもあるのか。

 それならそうで否定するつもりもないが、今までの春野からはちょっと考えにくいぐらい(したた)かだな。


 とりとめのない想像を巡らせている内に、奄美先輩が俺達の元にやって来た。


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