第091話 勝算
今日も今日とて奄美先輩のいる第一校舎の隅へ向かう。
この所、落ち着いた気分で過ごせていることが多い。やはり加賀見と関わらずに済むということが俺の心を安らかにさせてくれるようだ。何だか足取りも今までより軽い気がする。今なら100mを1秒切るかも。
奄美先輩に本格的に関わるようになって、昼食も打合せがてらここで摂りましょうという話になって安達・加賀見と一緒の時間がなくなっている。いやあ、飯がうまい。
安達は同じクラスで同じ数学係だが、最近は休み時間に教室を出ても追いかけなくなり、かつさらに都合のいいことに数学係の仕事はここ最近はない。ここまで自分の理想に近い状態は入学当初ぐらいかも。
自分の今の状況に軽く浮かれながら、奄美先輩の元へ歩みを進めた。
「おはよう」
「おはようございます」
奄美先輩は既に来ていた。さあ今日も作戦会議かと思っていたら、
「ちょっとゴメン、話があるの」
と先輩。あれ、いつもより声のトーン落ちてません?
「はい、何でしょう」
「今やってる私が榊君と付き合うための作戦だけど、実は新たに協力者が増えてね」
「はあ」
え? 協力者?
「先輩、あまり人に知られたくないからって協力者を増やそうとしませんでしたよね? どうしてまた」
「まあ、ちょっと思う所があってね。もう少しで来るはずだけど」
先輩がスマホを見ながら答える。どうやら現在時刻をチェック中の模様。
協力者、ねえ。まあどうせ俺にとっては初めましての人物だろうし、あまり関わり合いにならなければ問題ないよな。
ただ、明るい性格のキャラだと鬱陶しそう。そのときはまた奄美先輩との付き合いを考えるか。
そうして待つこと数分後。
やって来た協力者達とやらを見て思わず息が止まりそうになった。
「おはようございます、奄美先輩」
「お、おはようございます」
「おはよう。今日はよろしくね」
一人は小柄な少女だった。
烏の濡れ羽色に染まった長目のツインテール。マンガのキャラでしか見ないような常に半目をした眼。好む人が多そうな童顔にほっそりとした体型。内履きの装飾の色からして俺と同学年ということがわかる。
もう一人はハっとする美貌を持つ少女だった。
青みがかった黒髪に有名な女優を思わせる整った顔立ち。モデルとしてやっていけそうな均整の取れたスタイル。内履きを見るにやはり俺と同じ一年のようである。
俺は二人のことを知っていた。
つい最近まで不本意に、それはもう本当に不本意ながらも訳あってこの学校内で生活をともに過ごしていたメンバーだった。
「何でお前らが……⁉」
もう改めて説明するまでもあるまい。
加賀見と春野が奄美先輩の協力者として俺達の前に姿を現した。
私がマユちゃんとともに黒山君を連れ戻すと決めた翌日、続けてミユちゃんとサツキの協力も取り付けられた。
「うん、勿論!」
「まあ、皆の気が済むまでは付き合うよ」
二人とも私達のお願いにそう答えてくれた。
まずは放課後、私達は奄美先輩のいるクラスを探し回った。
マユちゃんが黒山君が見せたというメッセージの画面から、あの先輩の名前が「奄美」ということはわかっていた。
私とサツキはその奄美先輩と直に会っており、そのときの内履きの色から二年生ということも当たりを付けていた。
ちなみにミユちゃんも二組の教室にて黒山君を通して榊君を呼び出す奄美先輩を見たらしいけど、遠目でありまともに話をしていないため見つける自信がないとのことだった。
そういった状況からサツキと私は二年の各教室を見回って奄美先輩の姿を、マユちゃんとミユちゃんは二年の下駄箱を巡って「奄美」という名前の女子がいるクラスを特定しようとした。
その結果私の方で奄美先輩が六組にいることを突き止めた。
そしてマユちゃんと私は、放課後に帰ろうとする奄美先輩に昇降口の辺りで声を掛けた。
この場にミユちゃんとサツキはいない。
あまり大人数で押し寄せても奄美先輩に警戒されて良くないというマユちゃんの意見によるものだった。
なら何故私が、と訊かれるだろうけどマユちゃんの立てた作戦の都合上、私も奄美先輩にしっかり顔を憶えてもらう必要があるからだった。
「すみません、奄美先輩」
マユちゃんの声で奄美先輩は私達の方に振り返る。
「ん? ……ああ、あなたは黒山君の」
怪訝な表情をしていた先輩が私を確認してすぐに態度を和らげる。
「はい。実はその黒山君の件で相談したいことがあるんです」
「へえ。まあいいわ」
普段私とサツキが使っている、第二校舎付近の建物の陰になっている所へ奄美先輩を案内する。
「あんまりこの辺って来たことないわね」
「すみません、お手間を取らせてしまって」
「あ、ゴメンね。別にイヤミで言ったわけじゃなかったの」
奄美先輩とマユちゃんが前置きのようにそんな会話を交わした。
そして本題に入る。
「それで、相談したいことなんですが、黒山を休み時間の間は自由にしてあげてくれませんか」
「どうして?」
「黒山とは普段私やリンカを含めた友達で休み時間の間よく遊んでいたのですが、ここ最近はすっかり疎遠になってしまってて」
「あら、そうなの」
「一人足りないとどうにも物足りないから、やっぱ黒山をまた遊びに誘えればなって」
「そう、あなた達にも苦労を掛けてるみたいね」
奄美先輩が少し頭を下げた。
「でも、悪いけどまだ待ってもらっていい?」
「というと?」
「私と彼で協力してることなんだけど、実現までまだ目処も立ってなくってね。せめてきちんと筋道付けてからでないとこっちとしても難しい」
「そうですか……」
奄美先輩の答えを受けてマユちゃんが、
「私達も一緒に協力すれば、奄美先輩も榊と晴れて付き合う勝算はずっと高くなりますよ」
そう持ち掛ける。奄美先輩は
「⁉」
マユちゃんに向かって目を見開いた。