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第088話 降って湧いた

 告白の場所は第一校舎の裏手の方だった。

 奄美先輩と俺が打合せをしていた第一校舎内の隅っこも候補に挙がっていたのだが、建物の中だと声が廊下を歩く生徒達に響いてくる恐れがあるということで、野外かつ人の寄り付かないこことなったのだ。

 俺が来た頃には、奄美先輩が王子と対面で何かを言おうとしていたところだった。

「それで、お話とは何でしょうか」

 王子は先輩相手でも余裕たっぷりで、なおかつ敬意も欠かさない見事な話しぶりだった。

 見た目や雰囲気だけなら満点だな、コイツは。入る業界によっては貢いでくれる奴を大量生産できそうだな。

「ええ、それは……」

 奄美先輩がそこで言葉に詰まる。いざ告白しようとして、やはり躊躇があるのだろう。

 その間でも後輩の前で情けない姿を見せたくないのか、姿勢を決して崩さず目も王子のことをしっかり見据えていた。

 言葉の詰まりはほんの数瞬のことで、奄美先輩は口を開いた。


「私と付き合ってほしいの」


 間違えようがないぐらい、ストレートな告白だった。

 余計な前置きが一切なく、(よど)みない清流を思わせるすらりとした言い方が奄美先輩らしく感じられた。

 王子の春野へ対する告白も直裁的でその点だけは奄美先輩と共通していたが、王子の場合、奄美先輩が今言ったそれに比べると大声を張り上げたり表情を作ったりと多分に当時周囲にいた人間を意識した演出があったように思う。

 少なくとも奄美先輩の方が相手への向き合う姿勢においてよほど真摯だ。


「……すみません、僕、好きな人がいるんです」


 告白に対する王子の返答も、これまたシンプルなものだった。

「そう、春野さんのことね?」

「……ええ、まあ」

 王子は「何で知ってるのか」と聞き返すこともなく頷いた。

 王子も自身のこの前の行為が噂になってたのは知ってるのか。知ってるだろうなあ。友人から噂のことを聞かされるとかありそうだしな。

「……わかった。今日はありがとう」

 その言葉を最後に、奄美先輩は第一校舎の裏手を離れていった。


 あ、これまずい。

 俺はさっきからこの光景を第一校舎の裏手へ入る直前の場所で見学していた。

 ということは、

「覗きなんていい度胸ね」

 この場所を出ていく奄美先輩とかち合ってしまう。

「すみません、何かトラブルが起きたときのために待機した方がいいのかと思いまして」

 とりあえず言い訳を述べる。

「はあ、全く。それより榊君もこっち来るでしょうし、行きましょ」

「あ、はい」

 俺達二人はこの場を離れ、自然と例の第一校舎の隅へと足を運んでいた。



 俺は今の件を見て、王子に対する評価を少し変えていた。

 王子は春野に対して、強引ながらも自分から積極的にアプローチを取ってきていた。

 この前の球技大会においても春野の気持ちを考えないところはあったものの、一か八かの告白に打って出ていた。

 その告白の後、王子の周りに春野への好意や告白のことを詳しく聞きたがる野次馬や王子のファン達が数日間は王子を取り囲み、その対処に苦労している様子だったが、今はそんな苦労を微塵も感じさせない、以前のような爽やかさを振り撒いている。

 好きな人に振られてもその気持ちを諦めず、真っ向から勝負していく様はある意味主人公として相応しいものにも思えた。

 後はその好きな相手の気持ちをきちんと配慮して行動できれば完璧なんだがな。


 そして、今目の前にいる先輩に改めて問うた。

「……こんなこと、今訊くのも何ですが」

「何?」

 奄美先輩は、俯くでもなく声を落とすでもなく普段と同じ調子で話をした。

「今後、俺達の作戦はどうしますか」

「……」

 奄美先輩は無表情のまま、黙り込んだ。

「そうね、振られちゃったわけだし、次に接点持つにしても暫く時間を置いた方が……」

「そうでしょうか。自分の考えは、少々違います」

「ん?」

「アイツ、榊は春野へ告白して振られました」

「うん、そう話に聞いてる」

「それにも関わらず、アイツはまだ春野のことを狙ってるんです」

 春野のことを告白を断る言い訳に使うからにはそう解釈してもいいだろ。

「……まあ、そうかもね」

「なら、別に一度の告白で振られたとしても遠慮なく狙い続けても問題ないと思いますよ」

 他の男子ならいざ知らず、今もなお振られた女子への好意を捨てきれず、あまつさえソイツと付き合うことに期待を掛ける王子相手なら別にいいよな。

 自分がやってることをそのままそっくり他人にやられてるだけだもんな。

「……自分勝手な理屈ね」

「ご安心を。自分はいつもそれ以上の屁理屈で動いてるもので」

 理屈なんて自分の都合のいいようにこねくり回すモンでしょ。俺はそうやって今の今まで生きてきましたよ。

「それに比べれば好きな人へのアプローチなんて可愛いものです」

「可愛い、ねえ」

 奄美先輩が少し吹き出した。

「わかった、もう少し頑張ってみるわ」

 奄美先輩がそう返事をした。

 先輩のやる気が戻ったような気配を感じた。



 何はともあれ、奄美先輩と王子が結ばれるための作戦を続ける方針が決まった。

 であれば、加賀見をはじめ女子四人と付き合わされる機会も今までと同じく必然的に減っていく。

 やがて四人も俺のいない状況に慣れることだろう。

 俺のいない、安達・加賀見・春野・日高の四人だけで遊ぶことが当たり前だと認識していくことだろう。

 そうなれば俺のことも自然と忘れて疎遠になるというわけだ。

 理想はそのぐらいのタイミングで奄美先輩の目的も果たされ、俺が解放されることだ。

 あの女子四人も奄美先輩も構わなくなったとき、俺は晴れて一人だけで自由を満喫できる学校生活を取り戻せるのだ。


 そのために降って湧いたこのチャンスを、逃すわけにはいかなかった。


諸般の事情により、年始まで投稿をお休みさせて頂きます。

次話の投稿は 2024/1/3(水) の予定です。


日頃よりご愛読頂いている皆様には申し訳ございませんが、何卒よろしくお願い致します。


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