第084話 決定事項
奄美先輩が怒って帰ってしまったその日の夜、またも動きがあった。
スマホからメッセージの新着通知を受け取り確認すると、奄美先輩から
「昼はカっとなってごめん。もらった例のシナリオについて考え直したんだけど」
というメッセージが届いていた。
とりあえず直接話した方が早そうだな、と直感した俺はメッセージを通して奄美先輩に電話を掛ける。
うーん、昨日もほぼ同じ流れだったような気が……。これがデジャビュって奴?
『こんばんは。今日もスマホ見てる最中だったの?』
「こんばんは。はい、まさしく」
互いに挨拶を交わした。
「それで、考え直したとのことですが、詳しく教えてもらっていいでしょうか」
『ああ、例のシナリオで暴漢にカラまれるってシーンがあったでしょ?』
「はい」
『あれを榊君の前でやってみせるっていうのは接点を持つきっかけになるし、印象的かなって思ったのよ』
確かにね。そんなシーン、一生に何度も見かけるわけじゃないでしょうし。
で、シナリオ通りに榊が助けに入ってくれればそこで出会いは成立、と。
『そこで、あの部分だけでもとりあえずやってみようと思う』
「はい、いいと思います」
俺のシナリオに(一部だけど)前向きになってくれた奄美先輩。
これにてひとまずの方針は決まった。
そんで、次はそれを実現するための具体的な詰めだ。
「件のシーンを演じる場所ですが、シナリオ通り通学路にしますか?」
『それだと不確実でしょ。校内のどこかにしましょう』
「了解です。確実性を求めるなら、榊が校内でいつも訪れる場所でも調べますか」
『ありがとう。できれば人目が付かない場所だと助かるわ』
「はい。それで次に奄美先輩にカラんでくる男達についてですが、心当たりありますか?」
『あるわけないでしょ』
え、そうなの? 自分で採用するぐらいだから目処が立ってるものとばかり思ってた。
『その暴漢の役だけどあなたがやってくれない?』
ん?
「えっと、何故自分が?」
『私のやることを知る人を増やしたくないし。第一、こんなことを頼んでもわざわざ引き受けてくれる人なんてそういないでしょ』
「例の報酬とやらで取引すればいいだけでは」
『私だって懐にそこまで余裕があるわけじゃないの。それに、このシナリオ考えたのあなたなんだからそのぐらい協力してよ』
「シナリオだと男の人数は三人ってなってますけど、残り二人はどうするんですか」
『そこは調整。三人じゃなくてあなた一人でカラむ役やって』
俺の指摘をことごとく潰しにかかってる。マズい、このままじゃ本当に引き受ける羽目になりそう。
「自分そこまで演技うまくないですよ」
かつて王子とその友人の声真似で演技したことあるけどね。それだって自宅で散々練習した末の成果だ。
『そう。なら一緒に練習するってことで』
「へ?」
あれ、今の俺の言葉、藪蛇になっちゃった?
「練習、とは?」
『そのまんまの意味よ。例の場所にまた集まって、私がカラまれる役、あなたがカラむ役で演技の練習をしましょう、てこと』
「いや、周りに目撃されたら誤解されそうなんですが」
『あそこは滅多に人来ないって』
「あそこでやるからこそ余計に生々しく映ってしまうと思うんですが」
『とにかく、また明日集まりましょ。明日は昼が厳しいから、業間に集合ね』
「え、あ、ちょっと」
俺が呼び止めるのも構わず向こうから通話が切れてしまった。
俺、カラむ男役を引き受けたわけじゃないんですけど……。向こうの態度からして免れないんだろうなあ……。
正直、早くも奄美先輩への協力を止めたくなった。向こうが指定してきた日時と場所へ来なかったらそれで終わりだ。連絡が来ても無視すればいい。
しかしここで投げ出してしまえば、俺が果たそうとする目的が果たせなくなる。それに比べれば今の状況の方がまだマシだと割り切ろう。うん、大丈夫。
女子にカラむ役か……。想像するだけでしんどいな。
もう何度も触れてきたことだが、俺は基本的にモブとして学校生活を送っていきたい。
そのためにはとにもかくにも目立たない、普通極まる行動が求められる。
登下校、授業時、休み時間、移動教室などどんなときであろうと奇矯な振る舞いをしてはいられないのである。
そういう観点でいくと、校内において人の目のない場所でいかにもな態度で女子に迫ってくるなんて問題外だ。
いや、そもそもそんなシチュエーションを赤の他人に見られるとかモブ生活関係なく一発アウトじゃないですか。場合によっては目撃→通報→逮捕のコース直行じゃないですか。
まあ実際誰かに目撃されても奄美先輩が弁明してくれるとは思うが……て待てよ。
奄美先輩、自分の今やってることはバレたくないって言ってたよな。
やってることって要は王子と結ばれるために画策している件だろうし、弁明すればその事情も当然バレる。
てことは連行される俺を後目に、奄美先輩が被害者を騙ってしらばっくれるのでは……。
イヤイヤ、流石にそれはと思いたいが俺は奄美先輩の性格をよく知らない。
彼女がそうしてくる恐れについては否定できない。
ただ、奄美先輩も言うようにあそこはそうそう人がやって来る場所でもない。
位置関係からして通常の移動教室ではどの学年であってもまず経由しないし、自販機のような便利な設備も特にない。
現に今日奄美先輩と二人で話していたときも他の誰かが通りがかっているのは見られなかった。生徒だけでなく先生方も現れなかった。
だから俺の誰かに目撃されるかもという心配が杞憂に終わることも充分考えられる。
……なんて思ってるときに限ってフラグとばかりに、それも件のシーンを演じてる真っ最中に、つまり一番誤解されやすいときに誰か見たりしないよね?
ともあれ女子にカラむ役を明日やらされるのは決定事項だろうが、せめて奄美先輩以外の誰も居合わせないでくれと切望した。