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第008話 昼食

 昼休み、教室では今日もクラスの皆が仲良い者達でグループを作り、食べながら話すことを楽しんでいる。

 俺はそんなグループの一角に目をやる。

 それは見るからに青春を謳歌していそうな男女の集団だった。

 男三人に女二人と、内輪でカップルを作ったら必ず男一人があぶれる潜在的なリスクを孕む組合せだが、傍目には今のところ全員楽しく騒いでいる。お幸せに。

 男の一人はこの前話した王子だ。相も変わらずテレビに出てもおかしくないイケメンぶりで、話を適度に盛り上げたり引っ張ったりとムードメーカーぶりも発揮している。天はこの男にいくら物を与えたんだ。

 残りの男女四人も不細工とは言えず、いかにもスポーツに興じてそうな爽やかな男子二人に、化粧をして美容に気を遣っているらしい女子二人が王子と談笑する。すごいね。

 彼らなら青春物のドラマやアニメの主要キャラクターとして大いに活躍できるだろう。

 カラオケやボウリングなどを皆でわいわい遊び、部活とか体育祭とかで強敵と白熱の勝負を繰り広げ、グループの間で恋愛感情が起きてそれが原因で仲が拗れ、紆余曲折あった末に結局皆仲直りするみたいな物語を1クール放送される。そんな青春を迎えてもおかしくない。

 そして俺はと言うと、そんな彼らの後ろで背景の一部としてラノベを読み、最後まで名前の出ないモブとして、せいぜい1秒ぐらいの出演で終わる存在となるのである。


 出番を増やしたいとは思わない。


 ましてや主人公に成り代わりたいなど思うわけがない。


 何ならモブとして出なくてもいいとさえ思っている。


 ただ誰かを主役とした物語に巻き込まれることなく、心穏やかに日々を暮らせればそれでいい。

 人気商売をしているわけでもあるまいに人から注目を浴びたってろくなことにならない。


 そんなことを考えながら向こうの爽やかグループを見ていると、

「どこ見てんの?」

 と傍にいた奴が俺を思考の世界から現実へと呼び覚ました。

 呼び覚ましたのは加賀見だ。

 長いツインテールと前髪ぱっつんで整えた黒髪に、小柄な身長。

 それといつも眠たいのかと思わせる半目が特徴の少女。

 女子の間でもマスコットとして受けそうな気がするぐらい愛くるしい見た目にそぐわず、この前の一件(・・)以降、俺に対してやたらと攻撃的な態度を取ってくる、俺にとっては警戒対象の少女だ。

「ああ、あそこの一団が青春してるなーって」

「何言ってんの?」

 氷のように冷えた声音で言い放つ加賀見。この時点で会話を続けるモチベーションが落ちてきている。帰っていいですか。

「えーと、あっちのグループが楽しそうってこと?」

 そうフォローを入れてくれたのは安達だ。

 少し茶色がかったショートボブの髪に、整った顔つき。第一印象は大人しそうな少女というべきか。

 静かに過ごしたい俺にやたら話しかけてくる、俺にとっては警戒対象の少女(二人目)だ。

「まあ、そういうことだ」

「なら一緒のグループに入れてもらえば? 一緒に楽しめるかもよ」

「今までずーっとまともにお喋りしたこともない奴らの中へ突然割り込んで『すみません、僕も一緒にいいですか?』とか言うのか? 怪しさ満点じゃねーか」

「アンタならできるんじゃない?」

「バカな、俺はとんでもなく人見知りだぞ。向こうから近寄られても何も言わず一目散に逃げ出すぐらいには人が苦手なんだぞ」

「野生動物かな?」

「そんな人本当にいるなら一度見てみたい」

「いるだろ、目の前に」

「嘘つけ」

 と、向こうのグループのような爽やかさが微塵も感じられない会話を交わしながら、俺達は弁当を消化していく。


 この二人はこの前から昼休みのときに俺と昼食をともにすることが当たり前になった。

 体よく断ろうにも毎回二人が強引に席をくっつけてくるので、最近はもう諦めている。人生、時には諦めが肝心ってどこかで聞いたしね!

 なら教室以外の場所で食えば、と思うが生憎この高校には食堂がない。

 購買部はあるものの教室以外に弁当を置いて食べるようなスペースが見当たらず、さらにはこの高校の近くには飲食店もない。

 結局教室ぐらいしかまともに食べられる場所がありゃしないのだ。せめて学校の外にベンチでも置いてくれればなぁ。

 それでも昼食の時間だけならまだマシだった。

 奴らは休み時間も暇があるときは毎回俺の近くに集まって談笑しているのである。

 俺が会話に入らず無視しようとしてもやはりお構いなし。

 ラノベを読んでいる俺に「アンタはどう思う?」などと、突然話を振ってくることがあるのでなかなか鬱陶しい。

 なお、そのときの俺は二人の話など何も聞いてなかったのでとりあえず「養生テープでいけるだろ」って答えたら加賀見の手が俺の目の前で思いっきり左から右へと飛んできた。

 その平手が俺の方へ後ほんの少し寄っていたら、完全にビンタという技が決まるところだったよ。

 加賀見の手の指が俺の目の数ミリ先を超高速で掠ってきたときは恐怖だったよ。

 そしてそんな俺を見てゾクゾクした笑顔を見せる加賀見はそれ以上に恐怖だったよ。

 加賀見曰く「ちゃんと話を聞かなかった制裁」とのこと。でもあなたの反応を見るにそれってただの口実ですよね。俺をビビらせたかっただけですよね。

 とはいえ毎回似たような目に遭ってはたまらないので、一応ラノベを読んでいる間も二人の話は聞くことにした。


 そんな警戒対象の二人を見て俺は思う。

 男子一人に女子二人と、男女混成で過ごすグループはこのクラスにおいて他には先に説明した爽やかグループぐらいである。

 自意識過剰かもしれない(というかそうあってほしい)がクラス内ではなかなか目立つグループに思える。

 そんなグループにいてはモブとしての生活は厳しくなるだろう。もう手遅れ、とかじゃないよね?

 何とかして安達や加賀見と疎遠になりたいものの、嫌がらせとかアクの強い手を取るとそれはそれで悪目立ちする。

 下手すれば同じクラスにいる王子が主人公よろしく仲間を引き連れて俺を成敗するかもしれない。

 そんなのしょうもない悪役じゃん。モブじゃないじゃん。

 モブとは常に目立たないようにいなくてはいけない。よって目立たない方法でこの目立つグループから上手く離脱するのだ。

 かくして、女子二人との関係をフェードアウトすべく動くことにした。


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