第079話 困ったときは
「私さ、今日みたいな告白を受けるのって、実は初めてじゃないんだ」
知ってた。あなたの口から聞かずとも、この上なく容易に想像付いてましたとも。
「その告白をしてくれる相手って、お喋りしたことがあんまない人達が多くってね。『一目見たときから好きでした』って言って交際を頼んでくるんだけど、私にとっては交流があんまりない人達といきなり本格的に付き合うのが怖くて、悪いけどお断りしてきたんだ」
だろうな。普通「まずはお友達から」なんてことにはならんよな。
そりゃ見た目や雰囲気が自分の好みに合ってたら、例えソイツのことを何も知らなくとも喜んで交際を引き受ける奴はいるだろう。
そうでなくとも自分のことを好きだというのなら、その容姿がよっぽど自分の嫌いなものでない限り妥協する奴もいるのかもしれない。
だが、ろくに知らない奴といきなり付き合ってくださいなどと急に距離を詰め寄られたら、そのことを気味悪がって敬遠する奴がいても何らおかしくはない。
春野はいわば、そういう敬遠するタイプなのだ。人と付き合うにあたって距離感をまず重視し、人への評価に見た目や雰囲気のカッコよさなどは一切勘定に入れない。
王子に限らず例え本物の男性アイドルやホストみたいな手合いが言い寄ってきても、何の躊躇もなく撥ね付けるだろう。そういう点においては日高が助けるまでもなくしっかりしている。
相手から何の脈絡もなく交際を申し出たのを断ったところで春野は何も悪くないだろ。
「だけど、あんな沢山の人の前でなんて、今までなかった」
春野が歩みを突如止めた。
「正直最初は頭が追い付かなかった。この人何言ってるんだろう、今球技大会してるんだよね、て状況を整理するのに一杯一杯だった。そうしてる内に周りもザワザワしてくるし、友達も皆心配したような顔で私を見てくるしで、とにかく告白の返事をしなきゃって思った」
春野の顔は俯いていた。目元すら垂れ下がった前髪のためにほとんど見えなかった。
「榊君は、私の返事を受け入れてあっさり引いた。それはよかったんだけど」
春野の言葉が、そこで一旦区切れる。
「あのとき、私はどうするのが正解だったんだろ」
道路には生徒も車も何も通らず俺達二人しかいなかった。
どうするのが正解だったか、か。
春野からそう聞かれて、改めてあのときの状況を思い出す。
元々は日高が王子の告白を阻止するよう俺・安達・加賀見に協力を頼み、この四人で何かと動いていた。
それが全く予想外の場面で王子が告白を始め、結果的に俺達は完全に王子に出し抜かれた形となった。
俺達が告白を止めようとしたことを王子が知っていたかはわからない。何となく偶然という気もする。
そんな王子が告白した場面とは一学年の生徒が大勢見ている、一種の見世物のようなシーンだった。
王子のいる一年二組がサッカーを優勝し、先生を騙してマイクを借り、そんな優勝とは全く関係ないところで突如春野に告白した。
どう考えても球技大会のMVPが女子に告白して成功したという噂を知り、それにあやかったものだ。こればかりは偶然とは言わせない。
ただ、いくら噂にあやかったとしてもあんな大勢の前で告白する必要があったのか。
例の伝説においては公衆の面前でそうしたなんて内容は一切なく、実際には人目を避けて二人だけの場で告白したものと思われる。
大勢の前で告白となれば、思い叶ってカップル成立した場合はいいものの、今日のように失敗したときにその告白した本人が恥を掻くことになる。
そして告白を受けた相手とて、そんな舞台に無理矢理引きずり出されるように目撃した生徒達の話の種にされてしまう。
特に告白した相手は名に聞こえたイケメンだ。断った場合、嫉妬から巻き起こる非難もあり得る。
……てことは、ひょっとして王子はそれを狙ってたのか?
元々王子が春野と結ばれる可能性は大変低かった。
打ち上げや花火大会での春野の素っ気なさからして、王子にとっても明白であった。
そんな状況で普通に告白すれば王子は間違いなく春野に振られていた。
だから、断ったら春野にもダメージが行くような状況で告白を仕掛けて、少しでも「はい、付き合います」と答える可能性を上げたかったということだろうか。
策というにはザルに過ぎるが、しかし王子がそこまで考えていないとは断言できなかった。
ああ、じゃあ春野は最初から王子にハメられたんじゃないか。
王子があんな場で告白しようとした時点で、春野は多少なりとも苦難に巻き込まれることになったんじゃないか。
じゃあ、正解なんてあるわけねえじゃねえか。
あるとすれば、王子を告白前に実力行使で行動不能にすることぐらいだが、法的には全くもって不正解だ。
「……悪い、俺にも正解なんてわかんねー」
春野、俺というモブにはこの問題はやっぱ荷が重い。
「こういうときこそ、頼れる友達に丸投げするに限る」
だからその重荷を他人に分担させることを持ち掛けた。
「……え?」
「お前が本当にキツかったときに、家族や、日高や、他の友達は支えてくれてたんだろ? ならまたソイツらにこれからどうすればいいかって頼ればいいだけだ」
春野と王子の問題は基本二人の恋愛絡みの問題なので、当事者以外の解決は難しいかもしれない。
しかし、その周囲が春野に実害を与えるような事態になれば話は変わる。
春野が被害に遭う前に対策を練り、実行するのなら春野以外でもできるのだ。
「で、でも、いいのかな、そんなこと」
「嫌なら嫌って相手も言ってくるさ。それまでは徹底的に甘えよーぜ」
面倒事なんて一人だけで解決するのは難しいに決まってる。
だからどんどんできる人に押し付けるのだ。
「……そう、じゃあさ」
春野が顔を上げ、体ごと俺に向いた。
「困ったときは、また黒山君を頼ってもいいってこと?」
「俺なんかより心強い友達なんて、お前にはいくらでもいるだろ」
今日のようにお前のために一日中奔走してくれた人達がいたお前にはな。
ソイツらが一丸になれば、どんなことがあっても王道の物語のように乗り越えられるさ。多分。
俺はモブだ。俺が解決できる問題なんぞほとんどありゃしない。
現に自身の問題ですらまともに解決できてねえんだよ。なあ加賀見。
「ふふ、ならそうしてみるよ」
そう答える春野の方に首だけ向き、その表情を見た。
いつものような、眩しい笑顔がそこにあった。