第077話 優勝
春野・俺は、日高・安達・加賀見の三人と合流して、サッカーの決勝戦を観ることとなった。
「おっす」
「待たせたねー」
「いやいや、歓迎するよリンカちゃん、黒山君」
「さっきぶり」
「リンカはこっち来なよ」
日高がしれっと春野を俺達五人の内、中央の方へ座らせる。やっぱ俺の察した通り、五人で春野を囲んで守る方針か。
「今試合の方はどうなってんの?」
「二組が優勢」
「また榊君が点を決めて、今3-1だね」
「あー……」
安達の口から「榊」という名前を聞いた春野がやにわにテンションを落とす。今までのことが響いてるのね。
「このままだと二組が勝ちそうだね」
日高がボソっと言う。その目つきはいかにもこの試合がつまらないことを物語っていた。
まあ、二組が負けてくれた方が王子の告白の目がなくなるから日高には都合いいよな。
「サツキ、二組ってミユちゃんや黒山君がいるクラスなんだけど、応援しないの?」
幼馴染の日高の様子のおかしさに気付いた春野が、咎めるかのように訊いた。
「あ、あー、応援してるよ。してます」
日高がマズいといった表情に変わった。やれやれ。
「あ、いや別に私達にそんな気を遣わなくてもいーんだよ」
安達が日高をフォローするような言葉を発した。
「そーだな、優勝したクラスが何か賞品貰えるでもないし」
「ん、うん、まあそうだね」
「がめつい奴」
加賀見、黙れ。お前だって生徒一人につき商品券数万円分プレゼントとか懸かってたら目の色変えるだろ。
そんないつものような他愛もない雑談を交わした俺達五人は、試合終了までサッカーを観ていた。
結果は、二組の優勝だった。
この球技大会にてテントに控えていた先生の一人がサッカーの種目における優勝の賞状を、選手代表の王子に渡していた。
ファンクラブと思しき女子達は言わずもがな、それ以外にサッカーのグラウンドを囲んでいた生徒達もその光景を見てわっと歓声を上げていた。
さて、この先は閉会式まで五人で動くことになるんだろうなと気力を持ち直していたら、ここで大きな動きが起きた。
王子が先生に何か頼み事をして、先生の持っていたマイクを拝借した。
そして一言、
「すみません、実はこの場を借りてお伝えしたいことがあります」
へ? 何だ何だ?
生徒達がざわめき、俺の方も嫌な予感がした直後、
「春野さん! あなたのことが好きです! 付き合ってくれませんか!」
王子の口からとんでもない言葉が発せられた。
……お前、マジか。こんな場所に、こんなタイミングで、マジの告白を仕掛けるのか。
日高は唖然としていた。日高も俺も、こんな状況での告白など全く想定していなかった。
ゆえに今ここで王子の告白を邪魔する手立てもなく、ただポカンとするしかできなかった。
そうこうしている内に、春野が俺達四人の元を離れて数歩動いた。
日高も、俺も、春野を止められなかった。
春野が何をしようとしているのか予測できなかったから。
「ごめんなさい。今の私は、誰とも付き合うつもりはありません」
春野がしようとしていたことは、王子の告白を断ることだった。
このときの俺は春野の後ろにいたため、断ったときの春野の表情を見ることができなかった。
位置関係からして、きっと日高も春野の表情が見えなかった。安達も加賀見もだ。
春野の声はマイクを通してないにも関わらず、王子や王子の所業にシンとしていた観衆にハッキリ聞こえるぐらい、大きな声だった。
「そっか……。ごめんね」
王子はそう言って先生にマイクを返した。
自分から仕掛けたこととはいえ、好きな人に振られたショックは隠し切れないようで、両肩が明らかに力を失ったように垂れ下がっていた。
先生はポカンとしていた。大方王子は、本当はもっと違う言葉を呼びかけると騙ったのだろう。
王子が先生に対して何か謝るような態度を取っていた。
お前、まずはこんな状況に巻き込んだことをちゃんと春野に謝れよ。
告白なんて、普通告白する相手以外は見てない場所で行うもんじゃないのか。
そりゃ告白してる本人にとって人目を気にしないのは別にいいよ。知ったこっちゃねーよ。
でも、告白された張本人からしたら告白を受けるとしても断るとしても曝し者確定じゃねーか。
ましてや今回は告白した奴もされた奴も校内で有名な存在だ。
さらに球技大会の優勝の場なんて、普通よりあからさまに観衆の多い、一種の舞台のような場所で、だ。
何考えてんだお前。
あと、一時のこととはいえ球技大会の一コマを私物化したことを、周りの奴ら全員に詫びるべきだろ。
まず、この大会を管理している先生方に大いに迷惑を掛けている。
それと今回のサッカーでの二組の優勝は何も王子だけの功績ではない。
言うまでもなく王子含めた二組のサッカー選手あってこそであり、王子だって彼らのアシストによって点を決めたシーンがそれなりにあったはずだ。
さっき王子のやった告白は明らかに例のMVPが好きな相手に告白云々の噂に乗っかったものである。
ということは自分自身が今回のサッカーにおけるMVPだと勝手に認識していたことになる。
それで優勝の場で告白って、同じ二組の選手全員を舐めた行為だろ。
ソイツらのことを自分より下に見てなきゃそんな真似できねーよ。
王子のことを容姿も能力も性格も優れた主人公みたいな存在と思っていたが、これは見損なっていた。俺は本当に人を見る目がないらしい。
今のお前が主人公には到底思えねえよ。
この後の生徒達の騒ぎようは尋常ではなかった。
ファンクラブと思われる女子達は王子を取り囲み、何やらギャアギャアと鳥の大群のように騒いでいた。
王子の一世一代の告白を目撃した生徒達は王子のことを、そして春野のことを口々に話の種にしていた。
どういう話をしているのかは、周りの生徒達が一斉に話しているのだから当然喧噪に紛れ、詳しくわかるはずもない。どっちにしろ聞く気にならなかった。
春野は、日高とともにどこかへ去っていった。
恐らく日高によって例の、人の少ない場所へ避難したのだろう。
安達・加賀見・俺の三人はついていかなかった。しばらく、幼馴染と二人きりで休んだ方がいい気もした。