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第076話 MVP

 球技大会の各種目がそれぞれ決勝戦を迎え、盛り上がりはピークに来ていた。

「いやー、歓声が聞こえてくるね」

「スゴいな」

 体育館ではバスケとバレー、野外ではサッカーとテニスが行われており、生徒達は自分のクラスが出ている試合の場所に集まっていた。

 彼らは得失点に一喜一憂し、ひたすら選手の応援に精を出し、今この試合に没頭していた。

 決勝戦に臨んだクラスの選手達はそんな彼らの期待に応えようと、全力を奮い敵から点を奪うことに集中しているように見えた。

「そりゃ、自分のクラスが決勝まで来たら勝ってほしいよね」

「そう思う奴は多いだろうな」

 春野・日高のいる五組はどの種目においても決勝まで残れず、五組の生徒達は各々自分の好きなスポーツの試合を観に行くか、公園のどこかでスマホを見たり友達と遊んだりして時間を潰しているようだった。

 他にもいくつか決勝まで残れなかったクラスは存在し、それらの生徒達の行動も似たり寄ったりだ。


「そーそー、黒山君やミユちゃんのいる二組ってサッカーの決勝まで上がれたんでしょ? おめでとう」

「らしいな。俺もさっきアイツらから聞いて知ったよ」

 日高・安達・加賀見の三人は王子擁する二組の出ているサッカーの試合を観て王子を監視していた。

 同じ二組の安達や俺も含めて、俺達には二組の勝敗などどうでもよかった。

 それどころか日高にすれば負けてもらった方が告白の可能性が潰えるかもとして寧ろ敗退を期待していたようだった。

 ところが王子のいる二組はしぶとく勝ち残り、現在七組と優勝争いしている最中なのだそうだ。

 試合をずっと観ていた三人が送ったメッセージによれば、王子はどの試合においても得点を決めまくっており、このまま優勝すれば王子がMVP扱いされるのはほぼ確実だそうだ。

 恐らく直接点を取らなくとも王子までボールを繋いだ連中のアシストあってこそな気もするが、サッカーを観戦していた他の生徒達も王子の活躍を賞賛する向きが強いと日高が愚痴っていた。

 まあ、王子も校内で有名なイケメンだし、奴がボールをゴールにシュートする姿はさぞ目を惹くことだったろう。

 それに、体力テストのときにもいた王子のファンクラブと思しき女子達も熱烈に応援しているみたいだしな。安達と加賀見の三人でサッカー観戦していたときもそれっぽい連中が団扇を振ってたよ。団扇に王子の名前が載ってたから、アレ手作りなんだろうな。大した熱意だこって。

 それらの要因もあって王子が噂に沿って告白してもおかしくない状況にあった。


 サッカーにおいて王子が活躍しているという話は、サッカーを観戦していなかった生徒達にも伝わり、すっかり話題の一つになっていた。

「ねえ、榊君って誰に告白すると思う?」

「えー、誰だろう。やっぱ春野さんじゃない?」

「そーだよねー。でも憧れちゃうよねー。あんな素敵な人に告白されたら」

「ホントに榊君のこと好きなんだね」

「うん、だってすっごくカッコよくない?」

 以上は春野と俺の近くを通りかかった女子生徒二人の会話です。

 盗み聞きするつもりはなかったのだが榊、つまりは王子の名前が出てきたのでつい意識を傾けてしまった。あ、これ盗み聞きですね。すみません。


 そうだった、球技大会以前から王子が誰かに告白するかもしれないなんて噂が立ってたんだった。

 だからこそ日高が懸念し今の作戦に取り掛かっているっていうのに何故か頭から失念していた。

 その噂について、告白する相手が誰かまでは具体的な名が挙がらず、その辺りは色々な生徒の推測するところとなった。

 とはいえ、本命はやはり校内でも王子と同じくらいの美貌で聞こえた春野と目されていたようだ。

 無理もないよな。特に一学期末に春野を誘う王子を見ていた二組の生徒からすれば。

 今のところ王子が春野に告白する決定的な根拠などないが、今の状況や傍証を鑑みるにつれてそうなる予感が強くなってきた。

 最初は日高の言う懸念を軽く見ていたが、これは確かに春野と王子を二人きりにしない方がいいな。


「……ねえ!」

 春野が突然大声を上げた。

「ん、どうした?」

「どうしたじゃないよ! こっちが話しかけても黙ってるんだもん」

 あ、いっけなーい。春野と話している最中に考え込んじゃった。

「ああ、考え事をしてた。悪い悪い」

「考え事?」

「今ここで火星人が襲撃してきたらどう対処しようかシミュレートしてた」

「ねえ、黒山君。私だって毎回毎回騙されるわけじゃないんだよ」

 お、春野。ようやく学習してくれたか。でもついさっき俺に騙されたばっかですよね。

「あ、UFO」

「え」

 上空を俺の人差し指が差す方角のままに振り向く春野。やっぱまだまだイケるわ、この子。

「いやー、やっぱ面白いわ春野は」

「もう!」

 春野がわかりやすく膨れっ面になる。


 と、そこで春野と俺に同時に新着のメッセージが届いた。

「ん、何だ」

「私にも来てる。グループの方かな?」

 春野、ビンゴ。安達・加賀見・春野・日高・俺の五人が入っているグループチャットに日高からメッセージが入っていた。

「五人でサッカーの決勝戦観ない?」

 そのメッセージを読んで意図を察した。

 要は春野を除いた俺達四人で春野の周りをブロックしようってことか。

 俺達五人で常に人目のつく場所に固まれば、王子も春野と個別に話をすることはできない。

 それに、王子が近づいたらすぐに春野を連れてその場を離れることもできる。

 もしもの場合は日高辺りが王子の相手を務め、残った三人で春野を連れていく対応も取れる。

 もうここまで来たら、春野の周りを固めた方が無難だ。

「行くか、春野?」

「うん! 五人で一つの試合を観る機会、ずっとなかったから行きたい!」

 そうだったな。春野・日高が出てる試合を安達・加賀見・俺で観てはいたが全員観戦することはなかったか。

「よし」

 俺の方から日高に「わかった。春野と一緒にそっちへ行く」とメッセージを返信した。


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