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第074話 いい男

 加賀見が俺にそんなことを質問してくる意図が欠片も理解できなかった。

「別にどうもしない」

 なので、ひとまず素直に答えた。

「リンカが他の男と恋愛することになっても、特に何も思わないってこと?」

 そう質問を重ねる加賀見にはうっすら笑いが浮かんでいた。

 安達はどういうわけか俺の方を真面目な表情で見つめてきた。


 この前の林間学校でも加賀見は俺に春野や日高への好意の有無を確かめてきてたが、コイツは何か誤解してるんじゃないかと思う。

 俺は一人で過ごすことが好きであり、どっかの誰かに恋して付き合いたいと思ったことは一度たりともない。

 それなのに加賀見が、俺が春野や日高のどっちかを好きだと思っているのは主に女子四人と過ごしているときの俺の言動が原因だと思われる。


 基本的に一人で過ごしたいのは確かだが、加賀見や他の奴らによってそれが不可能なとき、俺はできる限り次善策を考える。

 なるべく避けたいのはいつも俺に攻撃的な加賀見とともにいることであり、そうなるとその目的を軸にアレコレと動く。

 その際成功しやすいのは、別々のグループに分けて、俺が加賀見のいないグループに入って行動することだ。

 春野や日高は加賀見と違い、俺に暴力紛いのこともしなければ正論なり皮肉なりで俺を攻めることなどしない。

 安達は判断が難しいが、以前の林間学校で行動したときのことを鑑みれば加賀見に感化されてる節があり、あまり一緒に行動したいと思えない。

 そうなると春野や日高と意見が一致したときに便乗して、彼女達とだけ一緒にいるようにした方が俺にとってマシな選択になる。


 さっき加賀見が自分で言ってたように、俺以外の奴に対して加賀見は基本強く出ない。

 春野や日高がこうしたいと言ってきたら何度か加賀見の方もその意見を受け入れており、この二人に乗った方がうまく行きやすいのである。

 そんなことを繰り返した結果、加賀見は俺が春野または日高のことを好きだと推測し、事あるごとにそれをからかう材料にして楽しんでいるのだろう。バカげた話である。


「何も思わねーな」

 だから軽薄なことを訊く加賀見に侮蔑の意も込めつつ、しれっと答えた。

 加賀見は笑いを止め、白けた表情となった。その際加賀見は安達の方をちらっと見ていた。

 安達はというと俺の回答の後でも真面目な表情を解かなかった。コイツの心の内はよくわからない。

「……あっそ」

 加賀見は俺からバレーのコートへと視線を戻した。バレーは八組の勝利が決まったところであった。



 さっきの加賀見の質問について、実際春野が誰と付き合おうと俺は何とも思わない。

 春野という、周りのテンションも上げるぐらい明るい主人公的存在であれば、きっといい男を見つけてハッピーエンドを迎えるはずだ。

 騙されやすいという短所を抱えていても、日高を始めとして友人には恵まれてるみたいなので変な男に引っ掛かりそうなときは彼女達が守ってくれることだろう。


 そこにモブ的存在の俺が介入する余地はない。

 本来俺が春野に関わっている現状もおかしいと思う。

 今春野が俺に関わっているのは、恐らく俺が春野を助けた(と本人が思い込んでいる)ことに対する恩返しのため。

 恩を返すために俺と接して俺のことを調べているため。

 それ以上の意味はなく、俺としても春野と関係が今より深まることなど全く想像がつかない。


 妙な縁だが春野と出会って数ヶ月経ち、加賀見との件も含めてそれなりに借りがある。

 今回のことみたいに借りを返せる機会があれば一応は乗っかる。

 そしてどこかのいい男と晴れて結ばれるときが来たら、あっさりフェードアウトしよう。

 そのときは春野も俺のことを気にしなくなっているはずだから。


 しかし、春野の相手となる「いい男」について、最初は王子が最有力候補とばかり思っていた。

 その王子が初めて春野と交流を持ったのは一学期最後の日であり、そこでいきなり積極的にアプローチを掛けていた。

 春野は王子の容姿にこれといった興味を示さず、もうその時点で王子のことを疎ましく思っていたきらいがあった。


 校内でも屈指の美貌を誇る王子に対してそういう反応を見せていたことを踏まえると、春野が人の見た目や雰囲気にホイホイ引っかかるタイプとはどうも思えない。態度とか立ち居振る舞いの方が重要になる。

 王子がやったナンパ紛いのアプローチはまずダメになる。ということはまともに接点がない中で自分からいきなり話しかけることすら厳しいので、まともに接点がない男には基本ノーチャンスだ。

 春野に好意を抱く男は春野と交流がないのに一目見てその美貌に惹かれたとかそんなきっかけが大半だろうから、そう考えるとなかなかの皮肉だな。

 そんでもって運よく春野と自然な形で交流を持ったら、そこから春野に嫌われないように気を付けながら徐々に関係を深めていくぐらいしか春野と結ばれる方法がないのだが……それを春野相手に成し遂げられる男ってどういうのか俺には想像つかなかった。


 これ、結局春野の方から男にアプローチしないと無理じゃね?


 春野に好意を抱き、その春野も好意を抱いてくれる、言わば両想いが成立するような男子は現在おらず、これからも出てくる見込は薄い。

 知らない男子に話しかけられるのを受け付けない春野の性分が、恋人を作ることを相当に難しくしてしまっている。何せ男子と関わる機会が極端に限られてしまうからだ。

 そうなると春野が恋人を欲しくなったときに自分から積極的に行動を起こすぐらいでしか「いい男」を捕まえられない。

 もっとも、そういう性分になってしまったのには春野の身に起きた出来事も一因(要因というべきか)と考えられる以上、仕方ない面もある。


 日高・安達・加賀見・俺が推測した通りに春野が恋人を欲していないなら何の問題もない。

 しかし、春野が恋に恋するような状態だったなら彼女から積極的に動くことが必要になってきそうだ。

 でも春野ぐらいに容姿も性格もいい女が積極的にアプローチを掛けたらその相手はコロリと落ちるだろうから、春野にそれだけの勇気があればやっぱ問題ないな。

 春野の惚れた相手が彼女持ちだったら修羅場待ったなしだな。あれ、その展開凄く見てみたい。絶対面白い奴じゃん。


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