第073話 誰かと
春野・日高はバレーボールの試合に出るために体育館の一階へ降りた。
安達・加賀見・俺の三人はその二人の試合を観るべく、引き続き二階席に残った。
「リンカちゃんとサツキちゃん、勝ってほしいよね」
「あの二人なら優勝行けそう」
「え、どうして?」
「何かそんなオーラ出てる」
オーラって、マンガかアニメの見過ぎじゃないかな。
でも何かわかる。春野の主人公然とした雰囲気からは、どんな苦難でも奇跡とか駆使して乗りきる展開を想像してしまう。
加賀見にとってもそんな春野の雰囲気をオーラとして感じ取っているのかもしれない。これ、将来的には加賀見が春野のライバルとして激闘する展開になるのでは? 加賀見なら悪役としてこれ以上なく似合ってるしね。
「へー、よくわからないけど、折角だし五組の方応援していこ!」
安達は変な部分をスルーする能力に長けているらしい。
さて、女子バレーの試合が開始された。
春野・日高の属する五組の相手は八組だ。俺達五人の誰も所属していないクラスであり、その点気兼ねなく五組の応援ができた。
試合は最初五組が優勢に進んでいたものの、徐々に八組が失点を取り返し、次第に逆転していった。
「バレーのこと、よく知らないけど何か不利っぽいのはわかる」
「頑張れー、リンカちゃん、サツキちゃん!」
加賀見の表情が苦い。安達は二人へ掛け声を発して応援を行う。
日高や他の五組の生徒達は何とかボールを捕らえ、打ち、奮戦していた。
春野も他のチームメイト達の足を引っ張らない程度には活躍しているように見えた。
そうして少しでも得点を取ってはいたものの、中々形成逆転には至らないもどかしい状態が続いていた。
うーん、やはり主人公っぽい人がいるだけではどうにもならないか。
試合を観ている内に、春野の方へ来たボールを春野が取り損ねるというミスが起きた。
そのとき、春野は皆に謝り、周りの人達がドンマイと励ましていた。
そのシーンを見ていた安達がこんなことを言い出した。
「何か、皆青春してるって感じだね」
藪から棒に、と感じたが安達の言いたいことは何となく理解できた。
同じチームの皆が一丸となって何らかの目標を達成しようと努力し、協力し、切磋琢磨していく。
今目の前に繰り広げられている球技大会で、特に友人が爽やかにそうしている姿から安達も思う所が出てきたのだろう。
「大丈夫、私達が今してることも一種の青春」
加賀見が安達にそう応える。開き直りにも思えるが、今の安達には丁度いい励ましかもな。
「……そうかもね」
安達も運動が得意でないだけに自ら出場を辞退したようだが、他のクラスにもそういう手合いは少なくないと思う。
現に一組でも加賀見がそんなタイプとして、専ら観戦モードで過ごしている。
そんな人達と意気投合して一緒に試合を観て楽しむのも、考えようによっては青春の1ページだろうな。
でもできれば俺は一人で青春を送りたかったなあ……。
「それにしても、榊君の告白を止めるって作戦、うまくいくのかなあ」
安達がまたもネガティブなことを言い出す。日高が聞いたら怒ると思うぞ。あ、だから日高のいないところで話したのかね。
「そのために私達が今動いてる」
「うん、その通りなんだけどさ、でも榊君がその気なんだったら、例え直接説得しても無駄だと思うんだけど」
そりゃあな。好きで告白しようとしてるんだったら、周りの他人が「止めとけよ」と勧めたところで止めるとは考えにくい。
ましてやその主体は周りの女子を魅了する美貌を備えた王子様だ。ある程度自分の容姿に自信があるんだろうし、チャレンジしたいという気持ちは強いだろう。
「……今のところ説得するか囃し立てる以外に良い案も出ないけど、もうちょっと考えてみる」
「そうだね。私も何かアイデアを捻り出してみるよ」
加賀見も安達も決意を新たにする。
「アンタも考えなさいよ」
「おう。といっても、過度に期待はしないでくれよ」
「元からアンタに過度な期待は掛けないから大丈夫」
そうかい。お前の場合、俺に対してはそもそも何にも期待してなさそうだよな。
「リンカちゃんって誰かと付き合いたいと思ったことってあるのかな」
安達が春野の恋愛事情に踏み込んできた。今のバレーとはもう全く関係ないが、本人がいない機会に話したくなったのか。
「……さあね。リンカが男欲しいようには見えないけど」
そうだな。
「そうだね。リンカちゃん、あんな可愛いから既に男子から告白されててもおかしくないけど、やっぱ断ってきたんだろうなー」
「想像すると凄く鬱陶しそうな生活」
うん。彼氏作りたいわけでもないのに野郎から告白受けても鬱陶しいだけだろうな。
「お前の場合、告白してきた相手を全て暴言で一蹴しそうだな」
「は? アンタ以外にそんな乱暴な対応するわけないでしょ?」
加賀見がいつもの半目をさらに細めてこっち見た。睨んでるなー。
「大体、私に告白なんて全く縁ないから関係ない」
ほう、それは意外だった。
曲りなりにも加賀見は小柄な美少女というべき容姿をしている。その愛くるしい見た目に騙されて告白してくる男が一人か二人はいるものと思ってたが、どうやらコイツの周りの男は人の中身を見る目のある奴らばかりだったらしい。
もし俺もコイツの本性を予め見抜いていれば、コイツを安達の友達候補として目を付けることなく、俺は今頃もっと平和に過ごせてたかもしれないのか。こんなことなら俺も人を見る目をもっと培っておくべきだったぜ。
それとわかってはいたけれど、俺以外にはちゃんとしてるわけね。ホント、コイツと一刻も早く縁を切りたいんだけどどうすればいいんだろ。
「でもリンカちゃんがもし男の人と交際始めたら、私達の付き合いも変わりそうだね」
「そのときはそのとき。素直にリンカの交際がうまくいくように願うだけ」
「惚気話とか聞けたら面白そう」
二人ともいつ起こるかわからない友達の未来を想像して盛り上がっている。
「ねえ、アンタにも一応訊いておくけど」
加賀見がここで俺の方に顔を向けた。
「もしリンカが誰かと付き合ったらどうする?」