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第072話 運動能力

 正午となり、生徒達は各自弁当を好きな場所で食べ始める。

「ミユちゃんから連絡来た。体育館の二階席で待ってるだって」

「ほう」

 体育館では本日バスケとバレーの試合が執り行われている。観戦する生徒達は一階のコートの外周もしくは二階の座席に控えている。

 本日は夏に引き続き暑いので、建物の空調が効いている中で休憩を取ろうという算段なのだろう。

「んじゃ体育館の方、行こっか」

「ああ」

 俺達はテニスコートから体育館の方へ移動を始めた。


「いやー、珍しいプレーなんてやっぱりなかったね」

「そりゃ滅多にないから珍しいわけだしな」

 本人達からすれば真面目にやった結果のアクシデントだろうに、そんなのわざわざ探されるなんて迷惑な話だよな。俺が言う筋合いないけど。

「黒山君は今日出る種目ってないの?」

「特にない」

「へー、そうなんだ。スポーツ得意そうなのに」

「体育の成績は普通だ。それにクラスの中じゃ目立たないから出場者を選ぶときにも特に推薦とかは受けなかったな」

「黒山君が目立たない、か。前もそんな話聞いた気がするけど、何か信じらんない」

 春野、お前の口から「信じらんない」なんて言葉が聞けるとは。いつも普通の人なら信じらんないことを信じちゃうお前がな。

「いや、事実だぞ。何なら同じクラスの安達に確認してみたらどうだ」

 安達も俺の影の薄さをよーく知ってるはずだ。

「ふーん。じゃあ本当なんだろうね」

 春野がいつも見せる笑みを消して、そのまま体育館に入っていった。


 体育館の二階へ上り、既に待機しているであろう女子三人を探していると、存外すぐに見つかった。

「あ、おーい」

「来た来た」

「待ってたよー」

 安達が手を大きく振る。そんなんしなくても見えてるって。

 加賀見と日高もこちらを見て反応する。三人とも弁当を自分の前に包んだまま置いてあり、まだ口をつけてないことが窺えた。

「待たせちゃってゴメンね、今用意するから」

 春野がバッグから弁当を取り出す。俺も同じようにした。


 五人で弁当を食べ始める。加賀見が話を切り出した。

「珍プレー、全然なかった」

「だろうな。俺達の方もさっぱりだ」

「アンタ、今からでも出場して珍奇なプレー起こしてきてくれない?」

「何でだよ。意図的に起こしても寒いだけだろ。そもそもバレたら周りから総スカンだわ」

「アンタを犠牲に世にも面白い映像が撮れるなら安いもの」

「おい、スマホとかで撮影するつもりか」

 だからわざと起こしてもウケないって言ってんだろ。


 引き続き弁当を食べていると、春野が口を開いた。

「ね、私達お昼の時間が終わってすぐにバレーやるから、よかったら三人とも観に来ない?」

 なるほど。観戦のお誘いか。さてどうしようね。

 俺・安達・加賀見は今王子の監視を日高から請け負っている。王子が春野に対して胡乱な行動に出ないようにするのが目的だが、三人全員出るとなると王子から監視の目を外すことになってしまう。

 無論、春野の試合を観戦していれば王子が春野に接近してもすぐ気付くわけなので、不利なことばかりでもない。

 王子と春野両方の様子を見られるのがベストなのは確かだが、春野の誘いを断って変に怪しまれる方がずっと厄介だし、ここは乗っておくか。

「俺は別にいいが、お前らは?」

 加賀見と安達が一瞬目を見開く。日高も俺の方を振り向いた。何言ってんだコイツとでも思ってんだろう。

 当然春野の前で全部を説明できるわけがないのでこれ以上喋らずにいたら、三人とも俺の言わんとすることを察したようで、

「うん、私も観たい」

「応援するよ、リンカちゃん、サツキちゃん!」

 加賀見も安達も俺とともに観戦することにした。

「ふふ、ありがとね」

「皆の期待に応えるよ!」

 日高と春野がそれぞれ応じる。


「ところで、マユちゃんもミユちゃんも何か試合出ないの?」

 春野がズバリ尋ねてきた。

「うん、出ない。運動苦手だから」

「私も……役に立たないから勘弁してくださいってクラスの人達に言って」

「あー……」

 春野も言葉に詰まる。この二人、普通より苦手の方だからな。

「そういえば、午後も出るってことは一回戦勝ったんだよな。二人とも運動得意なのか?」

 球技大会はクラス対抗のトーナメント形式で、勝ったクラスだけがどんどん残っていく。

「あー、まあ普通?」

「私は得意じゃないよ。体力テストのときだって決して良くなかったし」

 おっと、春野、そうだったのか。

「一回戦のバレーは活躍したんじゃないのか?」

「あー、一応中学のときにバレーボール部に入ってたから、多少はね」

 ほう。なのに他の運動は苦手だと。そんなことあるのか。


「私達、ともに運動できない。仲間仲間」

 加賀見がそこはかとなくウキウキした調子で「仲間」を強調してくる。いや、お前の運動能力の低さは別格だろ。中間・期末テストに(なぞら)えるなら安達や春野はギリギリ及第点だろうが、お前は間違いなく赤点行きだわ。補習受けてもどうにもならないレベルだわ。

「……う、うん、仲間だね、マユちゃん」

「そうそう。……運動のことはさておいてもね」

 春野が少々躊躇しつつも加賀見の仲間発言を受け入れる。仲間思いの主人公、ここにあり。

 安達は仲間という点に同意しつつも、しれっと運動能力の方については話を反らしている。安達よ、流石に加賀見と運動面で一緒にされるのは心外だったのか。

「あはは、じゃーこの中で運動得意なのは私だけ? いやー、まいったなー」

 参ったという割に機嫌の良さそうな日高が運動得意なことをアピールする。

「……サツキ、調子に乗らない」

 加賀見が日高に対して目を細める。おお、日高を睨むとはまた珍しい。

「あー、そんなつもりはないんだよ。いや、ホントに」

 ホントという割に笑顔のままの日高。謙遜してるつもりだろうが嫌味になっちゃってるぞ、現状は。

「むー……」

 加賀見が日高を睨んだまま。もし俺が似たようなことをしようものなら、問答無用で制裁コースだったろうな。


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