第068話 告白阻止
球技大会当日になった。
場所は体力テストをやったときとはまた異なる市内の公園である。といっても規模は大して変わらず、一年生250人近くでスポーツをやるのには申し分ない広さだ。
体力テストのときと同様、生徒はジャージを着たまま現地集合。俺以外にも生徒がちらほらいて、各々残暑の厳しさから水筒に早速口をつけるか、日陰で過ごしている。
俺も安達や加賀見に見つかる前にどこかへ避難しようと思っていたら、とある女子に遭遇した。
「あ、黒山、おはよ」
「おっす」
日高だった。
「春野は? 今日は一緒じゃないのか」
「リンカは既に一緒に来てて、今クラスの友達と話してる」
ほう。にしても日高が春野と離れて一人でいるのは珍しいな。
俺の今まで見てきた限り、春野はまず日高とともに行動してきた。
例外としては俺がラノベを貸すために春野を呼んだときと、映画を観に行ったときぐらいか。
でも春野には日高・安達・加賀見・俺以外にも友人がいるんだし、学校において常に俺達の内誰かと一緒にいるとは限らないのは当然といえば当然なのか。あまりにも春野と日高のコンビを見過ぎてて感覚が麻痺してたな。全然関係ないけど、無性にこの二人にも何かコンビ名を付けてあげたくなった。
「ねえ、ちょっと話いいかな」
ミユマユに倣ってリンサツはどうかなんて考えていたところ、日高が俺に話を切り出した。
日高はいつになく真面目な顔つきだった。
安達・加賀見に出くわしても追っ払えるいい口実になるかもと思った俺は日高の誘いを受け、日高の案内で別の場所に移動した。
開会式をやる予定の広場から大分離れた場所ゆえ、人は俺達以外にいなかった。
「で、どうしたんだ」
「実は、今日の大会で一つお願いがある」
先を歩いていた日高が俺のいる方に振り返る。
「榊がリンカへ告白するのを阻止したいんだけど、それを手伝ってほしい」
日高が俺の顔をまっすぐ見据えた。
一体何のことかと少々思考を巡らせる。そして思い出した。
「ああ、例の噂のことか」
「そう。榊が告白するかもしれないなんて話が五組にまで流れてきて」
流石は王子。そんな噂一つでさえ別のクラスに行き渡るのか。この調子ならもう全学年に噂が流れててもおかしくないな。
告白する相手が春野というこれまた校内で有名な美少女であることも、噂の流れに拍車を掛けてるんだろうな。
「リンカは『別に気にしない』なんて言ってたけど。もし噂が事実になったらリンカが厄介なことになる」
日高の言う「厄介なこと」については何となく想像がつく。
もしも今日の時点で王子が春野に告白したなら、多分春野がその交際の申し出を断って終わる。
王子は校内で有名になる程の美男子であり校内でファンになっている女子の数は計り知れないレベルだが、春野から見れば王子の言動はかつて自分を襲った性犯罪者を彷彿とさせるものだそうだ。
そんな春野が王子と交際したいと思う由もなく、結果王子の告白は失敗する可能性が高い。
問題は、その後のことだ。
王子から告白を受けかつ交際を断ったとなれば、王子に思いを寄せる女子達から妬みを買うのはほぼ確実となる。
自身が恋い慕っている有名な男子がその美貌と釣り合うような女子と付き合ったとなれば、自分には元より縁がなかったと諦めもつくだろうが、その男子の交際を断る同じ学校で歳もそんな変わらない女子が現れたとなればその女子に対する劣等感はさぞ凄まじいことになるだろう。
その女子は一体何様なんだと。
ちょっとばかし見た目がいいからって調子に乗ってんじゃないのと。
そういう風に王子のファン達の気持ちが向かったら、春野に対して大なり小なり嫌がらせが起こるかもしれない。
別のクラス、別の学年の女子ならまだしも春野・日高の所属する五組にも王子のファンはいることだろうしな。
ひどい場合には拗らせたファンにより犯罪の被害に遭いかねない。勢い余って身体への暴力に及ぶとなれば、春野がまたあの事件をフラッシュバックする恐れさえあった。
そこまで考えたとき、気付けば俺は
「わかった」
と口にしていた。
俺の返事を聞いたとき、日高の口の形が朗らかに綻んでいた。
まあ、春野には件の罪滅ぼしを少しでもしていければと思っていたのだ。丁度いい。
「ただ、俺なんかにこの件でできることなんてほとんどないと思うぞ」
「大丈夫。大体の方針は私の方で考えてるから、黒山にはその作業の手伝いや、アドバイスをしてもらえるとすごく助かる」
「そうか」
日高も幼馴染の学校生活が懸かってるから相当力が入ってるようだ。空回りしないようにチョイチョイ助言は挟んでおくか。
「春野にはこのこと話してるのか」
「いや、リンカには内緒で。こんなこと、リンカが知ったら止めに入ると思うから」
それもそうか。春野からすれば自分のためにここまでお節介を焼いてもらってることが申し訳なく思うだろう。優しい奴だからな。
「春野にバレたときの言い訳も考えておくか」
「いきなりネガティブだね。まあ、そんときはそんときでまた考えよ」
アドリブかよ。俺自信ないぞ。
それともう一つ。
「安達や加賀見、お前と同じクラスにいるっていうお友達には協力仰いでるのか」
メッセージなり、直接口頭なりで既に頼んでいる可能性を考えての確認だったのだが、
「うーん……あんまり大人数になるとバレそうな気がして」
と、日高は及び腰だった。何だそりゃ。
「じゃあ、何で協力を頼んだ相手が俺なんだ」
「……黒山なら榊と同じ二組の男子だから、これから伝える作戦を手伝ってもらうのに丁度いいって思って」
ああ、そうかい。
「今回はあの一件とは色々状況違うから、うまくやれる自信はないぞ」
王子をストレス解消の捌け口に色々できるなら要領同じにできるんだが。
「ふふ、それでも期待してるよ」
日高が俺の肩をポンっと叩いた。上司かお前は。