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第067話 流行

 夏休みが明けた。始業式は何のトラブルもなく過ぎ、今は休み明け最初の週の木曜日。

 そして昼休みで弁当を食っている最中です。

 勿論、俺は安達・加賀見と食事していた。誠に不本意ながら。

「ねえ、来週って確か球技大会だよね」

「うん、そんな悪夢みたいなイベントがあるって噂だね」

「マユちゃん、現実逃避しないで。噂じゃなくてホームルームでも告知されてたでしょ」

「あんなの悪い冗談。冗談であってほしい……」

 見るからにテンション低く学校のイベントの中止を望むのは加賀見だ。うん、運動が大の苦手で大の嫌いなお前ならそうなるよな。知ってたよ。

「はあ、まったくもう……」

 安達さえ呆れ返る始末。どうしようもないよなこのツインテール。


「アンタもこんなイベント嫌じゃないの?」

 加賀見があろうことか俺に同意を求めてきた。嫌いな俺を味方につけようとする程嫌なのか。

「まあ嫌は嫌だが、今のお前を見てたらそうでもなくなってきたな」

 いつもの意趣返しに盛大な皮肉をぶつけてみた。

「あれ、アンタの頬にご飯粒付いてるよ。取ってあげる」

 加賀見が箸を俺の方に向けてきた。いや、その箸の持ち方は何? ナイフを逆手持ちするような構えになってるよ。

「おおそうか、教えてくれてありがとう。あと、変なこと言ってすみませんでした」

 頭を思いきり下げて感謝と謝罪と同時に行う。活字にすると「謝」が連続しちゃってるけどこれって二重表現なのかな。

「ふん」

 加賀見が妙な箸の構えを止めて引き続き弁当を食べ始めた。


 さて、安達が話題を球技大会に戻す。

「えーと、その球技大会だけど変な流行があるみたい」

「流行?」

「えーと、何でも球技大会で特に活躍した男子が、好きな女子に告白するのが流行ってるんだって」

「「へ?」」

 加賀見も俺も同じく聞き返してしまった。

「えっと、何でそんな変なのが流行ってんの?」

 普段友達のことや俺を苦しめることにしか興味を示さない加賀見も、こればっかりは掘り下げずにいられなかったようだ。いいぞ安達。この調子でこの悪魔が俺を苦しめる以外のことに興味を持つような話題を与えてやってくれ。さすれば俺も今の苦難からオサラバだ。

「ん-、何でも以前の球技大会で……」

 安達がいつになく長く語り出した。ご丁寧なことに箸を置いて一旦食事を中断していた。



 今から数年前の球技大会のこと。

 球技大会は体力テストと同様に各学年に分けて行われるのだが、その内二年生の球技大会においてサッカーで活躍した男子がおりました。

 彼は全試合で最低1点以上決めるストライカーでした。

 サッカー部でも有力な部員であったために、他のクラスの人達を寄せ付けず彼のいるクラスは次から次へと勝ち進んでいきました。

 決勝戦でも八面六臂の働きを見せ、見事に優勝に導いたとか。

 そんな彼には片思いしている女子がおりました。

 彼女は別クラスの同学年で、ある日学校で見かけたときに一目惚れしたのだそうです。

 話しかけようにもクラスが違う事情もあって中々きっかけを作れず、男子は恋に悩む日々が続いておりました。

 男子は優勝してテンションの上がった勢いに任せ、相手の女子に告白することに決めました。

 そして球技大会の閉会式が行われる前、男子は女子をある場所に呼び出し、一世一代の告白を行ったところ、晴れて交際することになったのでした。

 元々女子の方も男子に同様に一目惚れしていたらしく、女子の方も今まで勇気が出ずに過ごしていたとのこと。実は両想いだったことを知ったときのお二人はさぞ嬉しかったことでしょう。

 こうして球技大会の日にカップルが誕生しましたとさ。めでたしめでたし。



 と、安達の説明した内容をまとめるとこの通り。

 そんな胡散臭い球技大会の伝説にあやかろうと、毎年球技大会のMVP男子が好きな女子に告白するのが流行したのだそうだ。

 告白される側もいい迷惑だろうな。告白される相手が先の伝説の通りに意中の相手だったなら万々歳だが、そうじゃなかったら相手がクラスの優勝を手にして舞い上がってるのに一方的に巻き込まれただけだよなそれ。優勝祝いなら自分達だけでやってろよ、と俺が巻き込まれた立場なら思うわな。

 それはそれとして、

「ミユ、何でそんな詳しいの」

 そこは俺も思った。何でそんな詳しいの。

「え? 周りの皆が話してるのを小耳に挟んだから」

 何の気なしに答える安達。え、お前周りの奴らの話全てに聞き耳立ててんの? 最近は加賀見とも休み時間の度に会話してるのにその傍らで?

「……そ、そう」

 加賀見の顔がどことなく青くなっている。安達の思わぬ一面を知ってのリアクションですね。


「それで、このクラスでも榊君が球技大会で活躍したら、誰かに告白するんじゃないかって噂になってるんだ」

 そんな話をする安達。その情報も聞き耳立てて仕入れたんだろうな……。

「榊? 誰それ?」

 加賀見さん、興味ない人のことはホントに記憶に残さないんですね。

 もっとも、王子の名前については俺も入学後しばらく経つまで憶えてなかったのであまり強くは言えない。

「え……えーっと、ほら、あそこにいるイケメンの人」

 加賀見からの反応が予想外で戸惑ったのか、しどろもどろに雑な説明をする安達。イケメンの人ってお前……。

「ん……あー、アレか。打ち上げや花火大会でリンカにちょっかい掛けてた奴」

 加賀見がちょっと王子の方を見て、すぐさま視線を弁当に戻して食事を再開した。王子のことなんかよりも目の前の飯の方によっぽど関心があるのがとてもよくわかる。

「そ、そう。だから、もし榊君が告白するとしたら、その相手はリンカちゃんじゃないかって……」

 そういう噂になってるわけね。

 二組の連中も王子が春野にアプローチを掛けてるシーンは見てきてるから、そういう憶測が噂になっても何らおかしくないな。

 しかし、花火大会での春野の話を聞く限りではやるだけ無駄だな。


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