第066話 主人公なのか
安達・俺が春野・日高・加賀見の待つ場所へ辿り着いたとき、待っていた三人が一様につまらなそうな表情をしていた。
「あ、ミユ」
加賀見が安達のことに気付き声を掛けた。
「えーと、皆どうしたの?」
安達も女子達の異様さを察してそう尋ねた。
「え、あー、ちょっとさっきまで変なのに絡まれてね」
「え⁉ 大丈夫? 無事だった?」
「いや、ソイツらは帰ったからいいんだけどさ」
日高が春野の方に目を向ける。春野はこちらを見て「あはは」と乾いた笑いを出すだけだった。
それで何となく、春野が狙われたのだと察してしまった。
まあこれだけ容姿に優れた春野のことだ。ナンパ目的で来ている野郎共からすれば恰好の的になることだろう。
「実は……」
しかし、春野が重い口を開いて語った事実はもっと意外なものだった。
私はマユちゃん・サツキと一緒に花火を観ていた。
「いやー、全然気付かなかった」
「私なんてすぐ後ろにいたのに、自分のことで精一杯になってた。反省」
「まあまあ、二人とも問題なく花火観れてるだろうし、気を取り直そ」
そんな会話をしながら、二人も今頃同じ花火を観ているのだろうと取り留めのないことを考えていた。
次々と花火が打ち上げられては、綺麗に、儚く散っていく。
普段はほとんど何も見えない夜空が、今日は上映時のシアターのように寧ろ真っ暗な背景となることで花火の色を際立たせている。この澄んだ暗闇あってこその花火なのだ。
こんな光景、そうそう観られるものではないと目に焼き付けるようにじっくり見物していた。
そうしていたら「あれ、春野さん?」と、男のものと思しき声がした。
春野って、私? 私が呼ばれてるの?
一旦花火の方から目を離し、声の主の方を見るとそこには見覚えのある男子がいた。
以前二組の打ち上げに参加したとき、初めて話した男の子だった。名前は確か、
「榊君?」
だったと思う。失礼だけど名前がうろ覚えだった。
榊君の周りには同年代の男女がざっと4人ぐらいいた。ほとんどは打ち上げで見たことがあるから、きっと二組における榊君の友達だろう。
サツキもマユちゃんも私と同じタイミングで榊君の方を見、花火を観ているときとは違った表情をしていた。特にサツキの表情は、不快な気分になったときにいつも見せるそれだった。
「春野さんも花火大会来てたんだ。奇遇だね」
そう言って榊君が近づいてきた。
「う、うん」
「折角だし、よかったら一緒に花火観ていかない?」
榊君がすぐ目の前まで来てそう誘ってきた。
大変失礼だが、彼の振る舞いがどういうわけかあの事件の犯人の姿と重なってしまい、思わず一歩後ずさった。すんでの所で「ひっ」と悲鳴を上げるところだった。
「え、えっと、その」
正直断りたかった。榊君は打ち上げのときにお喋りをしたことがあるので、性格が悪くないことはわかっている。ましてや犯罪者と一緒にしてはいけないこともちゃんと理解している。
しかし、何というか普通の人よりも積極的に踏み込んでくるところがあり、私とはあまり気が合いそうになかった。
サツキもあのときの榊君に対する印象は良くなかったみたいで、私が打ち上げの二次会に誘われたときも露骨に嫌な顔をしていた。
そして、今もサツキはそのときと同じ態度で彼に臨んでいた。
「あー、ゴメン、私達今人を待っててさ」
答えあぐねている私の代わりにサツキが回答してくれた。
半分本当で半分嘘といった答えだった。正確には花火が終わった後で黒山君とミユちゃんが私達の元へ来る段取りになっており、今は特に待ち合わせ中というわけではない。
だが、彼らの誘いを断る口実にサツキが少々脚色してくれた。
これで彼らが帰ってくれるかと思いきや、
「そうなんだ。それなら俺らも待つよ」
そう食い下がってきたので驚いた。
え、何で? そんなの榊君の一存で決めちゃって、他の人は大丈夫なの?
見ると後ろの方にいる榊君のお友達も少々困惑してる様子だった。
「……悪いけど、今待ってる子はあまり知らない人達が沢山いる状況が好きじゃない。わかってほしい」
そんな状況を破るようにマユちゃんが話した。
「……うん、ゴメンね。でも、友達を困らせたくないから、一緒にいるの難しいかな」
私もようやく榊君にちゃんと返答できた。
「……そっか、無理に言って悪かったね」
榊君はここで踵を返した。
「じゃ、また機会があったらよろしくね」
榊君とその友達はその場を離れてどっかへ去っていった。
花火がまだまだ打ち上がっていたが、私は何だか一気に疲れてしまい、花火を楽しむ心の余裕がなくなっていた。
……以上、春野からの説明でした。
春野の苦労が偲ばれる。まさか王子と鉢合わせとは。
王子のことを気に食わなかったのはこの前の打ち上げでまあ察しが付いていたが、あの変質者と同レベルとなると、もう相当に嫌悪してるってことだぞ。俺の加賀見に対する感情か、下手すればそれ以上だろ。
「……何というか、大変だったな」
上から目線かもしれないが、とりあえず労いの言葉を送る。
「……学校にも近いし、こういうこともあるよ」
春野が笑顔でそう言うが、強がりにしか思えなかった。
「あ、あの、リンカちゃん、その……」
安達が必死に言葉を紡ぐ。安達にすれば自分がそもそもはぐれなければこんな展開になってなかったかもしれないと思って、春野を慰めたいのだろう。
「ミユちゃん、言い訳にあなたのことを使っちゃった。ゴメンね」
「私もゴメン、ミユ」
春野と加賀見が安達に謝罪する。ああ、「今待ってる子は~」とか言ってた件か。
「え、い、いいよ別に。私こそ何かゴメンね」
安達も春野に謝罪する。お前が謝ることは何もないんだけどな。
花火大会は、予期せぬ人物の登場により消火不良な気分のままに終わった。
アイツが本当に俺の望んだ主人公なのか、この一件でより疑わしくなった。