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第065話 はぐれる

「あれ、他の子達は……?」

「どこ行ったかはわからん」

 女子三人が近くにいないことに気付いた安達は周囲をキョロキョロ見渡した。

「さっきのではぐれちゃったの……?」

 安達の額から汗が一筋流れ落ちる。表情が明らかに強張っていた。

「とりあえず、メッセージで連絡するか」

「あ、そ、そうだよね」

 こういうときスマホって本当に便利。


 メッセージで今安達と二人でいる旨のテキストをポチポチ入力していたら、その最中に新着のメッセージが入った。

「ミユ、黒山、今どこ?」

 加賀見からだった。動きが早いな。

「今安達と俺の二人で焼き蕎麦屋の前にいる。お前らはどこだ」

「私達は屋台が並んでるのを出たところ。どうしたの?」

 俺の方で事情を説明しようとしたが、安達から「待って」と声が掛かる。

 そして安達もスマホを開き、メッセージにこんな文言を送った。

「ゴメン、私が転びかけたところを黒山君に助けてもらって、そのまま皆とはぐれちゃった」

 安達から皆への謝罪が込められていた。

 安達のメッセージを受けて女子三人は

「ケガはなかった?」

「私達のことは気にしないで大丈夫だよ」

「私らがそっちへ行くよ」

 と、それぞれ返信した。いい友達持ったな、安達。

 安達は花火の方には目をくれず、スマホの画面を見つめなていた。


 ふと、ここで一つ考えが浮かび、グループチャットにこんなメッセージを送った。

「下手に落ち合おうとして時間を費やすより、このまま別々に花火を見物するのはどうだ?」

 ここは幸運にも人の流れがさっきよりかは少なく、花火を観るにはさほど支障がなかった。

 安達が俺の方を不思議そうに見ている。そこは花火でも観てろよ。

 少しして、春野の方から返信があった。

「うん、わかった。私達三人はOKだよ」

 向こうの女子達の同意を代表して伝えてくれた。よし、これで加賀見とは別行動だ。

「安達もそれでよかったか?」

 事後承諾の形になってしまって安達には申し訳ないが、確認を取る。

「うん、私も大丈夫。気を遣わせてゴメン」

「いや、そういうわけでもないんだが」

 気を遣ったとはどういうことだろう。まあいいか。


 安達と俺で引き続き花火見物を再開した。花火はまだまだ途切れることなく、夜空の暗さを吹き飛ばして盛大な音を轟かせていた。

「生の打ち上げ花火ってやっぱいいね」

 安達がそんな感想を述べる。やっぱってことは今回が初めてではないと。

「人が沢山来るだけあるな」

 今でも人の流れが尽きることなく花火を観に集まっている。

「皆折角来てくれたのに、言い出しっぺの私が迷惑掛けちゃって申し訳ないな」

 ふと、安達がそう言った。小声で俺に聞こえないようにしていたつもりだろうが、聞こえていた。

「そんな気にすんな。アイツらもそう言ってただろ」

「……そうは言ってもね」

 あーメンドくさい。前の林間学校のときでもこんなイジけたことあったな。

「アイツらがそれで一々根に持つタイプかよ」

「……ふふ、そんなタイプには見えないかな」

 安達の表情に段々柔らかみが出てきた。何とか気分は戻ってきたか。

 俺達は人の流れから外れた位置を何とか取り、そこで二人、しばらく無言で花火を眺め続けた。

 ただただ花火の打ち上がるのを観ているのが、俺には新鮮だった。



「いやー、楽しかったね」

「そうだな」

 花火の打ち上げが終わり、観客達がぼちぼち帰路に着く。俺達もそんな観客達の流れに乗ってひたすら歩いていく。

「来年もまた来たいね」

「そうだな」

 今度は一人でな。

「はぐれないように気を付けろよ」

 今は春野・日高・加賀見と合流すべく動いている。帰りは皆で一緒に帰ろうとなり、駅の近い女子三人の方へ俺達が行くことになったのだ。

「そうなんだけど……っと」

 安達と俺の間に人が割って入り、危うく見失いそうになる。

「ね、ちょっとさ」

 安達が俺の方に手を差し出す。


「はぐれないように手を繋がない?」


 同時にそんな提案をしてきた。

「ん、俺はいいが」

 お前はいいのか、と言外に込めた。こんなの傍から見たらカップルと勘違いされるぞ。

「じゃあ、そうしよ」

 ためらいなく安達から俺の手を握ってくる。おお、結構握力強いな。

 コイツ、俺らの学校の生徒が見てるかもしれないってのに、そういう外聞とかどうでもいいのな。

「もう少し握る力弱くていいんじゃないか?」

「……いや、変に緩めて離れるのも怖いし、このぐらいしっかり握らないと」

 強情な安達さん。引き続き力を保ったまま俺の手を離さなかった。

 二人で横一列に移動するのは人混みの中で難しいので、俺が前方に、安達が後方に続き縦一列に進んでいった。


 何だろう。今の俺達ってカップルというよりは、父親から離れまいとする幼い娘が手を握ってるような、そんなシチュエーションに近い気がする。

 人混みが多いため安達の方を振り向く暇がなく、そのため安達がどういう様子なのか窺い知れないが、手を握る力だけは変わらず強いままなので大事には至ってないと判断する。

「安達、転びそうになってないか? 大丈夫か?」

「失礼な。そんな何度も転ばないって」

「そんなこと言ってるとバナナの皮で滑って転んだりしてな」

「うわ、ものすごく古くない、それ」

「いやわからんぞ。客が食べたチョコバナナの皮がポイ捨てされてるかもしれないし」

「チョコバナナって皮剥いた状態で出すもんでしょ」

「そーなのか? てっきり客が生のバナナとチョコクリームと棒だけ渡されて自分でああいう形に料理するもんだと」

「そんなメンドくさいの誰が買うのさ」

「お前が」

「ないから」

 安達と俺はその調子でずっと手を繋ぎ、はぐれる心配もないことからドンドン前へ進んだ。ここで手を繋いでいる人間がいつの間にか安達ではなく他の人にすり替わってましたってオチだったらホラーだな。


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