第064話 花火
最初の花火が打ち上がるまでの間、屋台を回ることにした。
既に観客が相当数集まっており、たこ焼きやらリンゴ飴やらを出してるお店の前で品物を待っているのも大勢いる。まだ花火が打ち上がっていないのに中々賑わっていた。
「いやー、スゴい人だね」
「熱気もスゴ」
前を進む人にペースを合わせ、向こうからやってくる人にぶつからないようにしつつ、俺達五人は何とか移動していた。
油断すると俺達五人の間に別の客が割って入って、瞬く間にはぐれてしまう。そのぐらい人がごった返していた。
「ん、なかなかキツい」
さしもの加賀見も俺をからかう余裕をなくし、とにかく俺達についていこうと一杯一杯になっているらしい。
「お前、花火大会来るの初めてなのか」
「……うん。まさかここまで人が多いなんて知らなかった」
どうにも慣れてない様子なので訊いてみたらビンゴだった。記念に景品ください。
「よく行こうって気になったな」
「当たり前じゃん。ミユが行きたがってたんだから」
安達をガッカリさせたくないってか。そりゃあ俺も安達を紹介した甲斐があったってもんよ。どうせなら俺のことは忘れていつまでも二人で仲良くやってほしいね。
安達は前方にいる春野・日高と後方にいる俺・加賀見の間を歩いていた。ずーっと前の方を見ており、俺達の今の会話が聞こえた様子はなかった。
「アンタも最近は素直に遊びに参加するようになって何より」
加賀見がいつも俺に見せる嫌らしい笑いを出してきた。お前もう汗だくになってるけど、まだそんな余裕あったのか。いっそ感心するぜ。
「お前が無理矢理巻き込まなくなったら俺も元の一人での学校生活を謳歌できるんだがな」
「は? んなことさせないに決まってんでしょ」
「だろうな」
わかって言ってみただけだ。
今に見てろよ加賀見。必ずお前の裏をかいてやるからな。
……負け惜しみではないよ、ホントだよ。
全員で屋台を見て回ったはいいものの、
「いやー、どれも高かったね」
「正直どれも手を出す気にならなかった」
「皆飲み物は持ってきたしね」
「……飲み物のこと呼びかけて正解だった」
どれもこれもお祭りで儲けを乗せた特別価格に設定されており、全く購買意欲が湧きませんでした。
夏の暑さを凌ぐのに必要なドリンクについては、事前に加賀見からのメッセージで各自持参するよう決まっていたので、全員抜かりなく準備していた。今も各々飲み物に口を付けている。
時々思う。この女子四人で事に当たれば大きな失敗とかなく何でもできるんじゃないかと。
それこそ女子達だけで何かをやる日常物をやれば、そこそこでも人気になること請け合いだ。
昨今のマンガやアニメでは登場人物が女子だけで固められており、最早男性が存在してるかどうかも疑わしい世界観のものも珍しくない。
女子中高生が4~5人集まって音楽活動したり、アウトドアな趣味に興じたり、どこかのお店でバイトしたりという作品も世の中にあり、そういったものがヒットしているそうだ。
それらに倣ってコイツらも何かの活動に精を出せば、所詮はモブの俺のことを構う余裕はなくなるのではと思うのだ。
だから女子だけで何かの活動を思いついたなら、是非積極的にやってほしい。何なら俺の方から提案してみようか。
そんな想像はさておき、女子四人時々俺が適当にダベりながら時間を潰していると、花火大会開始を告げる放送の音声とともに夜空へ光が放たれた。
一発目の打ち上げ花火が上がったのだ。俺達五人は言うまでもなく、周囲の観客達も一斉に花火の方へ目を向けた。皆待ちに待っていたのだ。
最初の打ち上げ花火から堰を切ったように数発、いや数十発の花火が次から次へと昇天する。菊の花のように放射状の光がゆっくり大きく開く花火、上へ上へとまっすぐ光の線を引いていく花火、どこかのマンガのキャラクターを模った花火がバランス良く打ち上がり、観客の方から時々わあっと歓声が聞こえてきた。
この辺りの夜空は地上が明るいため、星がほとんど見えない。今日はその代わりに人の手によって形作られた膨大な光の群れが、黒く塗り潰された空を背景に色彩豊かなアートを描いている。
「綺麗……」
春野が感動したようにぼやく。もし春野がカップルで来ていたら彼氏が「君の方が綺麗だよ」とかキザな台詞をほざいて春野がキュンとときめいたりするのだろうか。王子辺りとかやりそう。傍からそんなカップル見たらひたすら寒々しいけど。あ、じゃあ夏にはピッタリか。
何となく気になり周りを見渡すと、カップルと見られる男女の二人組がちらほらいた。そりゃいるよな。デートするのには恰好のイベントだもんな。
「……打ち上げ花火ってこんななんだ」
加賀見が平静さを装っているのかよくわからないコメントを出す。本人なりに感動でもしてるのか?
「おー、またでかい花火来た」
「これ好き」
日高と安達が素直にはしゃぐ。うん、この二人は普通の反応だね。
俺達はここで少しの間花火を堪能していたが、次第に人が集まり見づらくなってきた。
「ねえ、場所移動しない?」
加賀見がそう提案する。加賀見の位置からは流石に花火がまともに見えなくなった模様。
「そうだね、じゃあもうちょっと人の少ない場所を探してみようか」
春野がそう答え、安達も日高も頷いた。
俺達五人は固まって歩いていた。人の混み具合から二人列になるのも難しく、前から春野・日高・加賀見・安達・俺の順で一列に移動していた。
そこで、安達が道端のゴミにでも躓いたのか「あ」と前のめりになった。
俺は咄嗟に安達の左腕を掴み、転びそうになる安達を少しだけ引っ張った。
ちょっと間が空いた後、安達が前に傾いていた姿勢を立て直した。
「あ、ありがと、黒山君」
安達は後ろにいる俺の顔へと振り向き、お礼を言った。
「気にすんな」
俺は安達の腕を離した。
そして、春野・日高・加賀見を見失ったことに気付いた。