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第063話 浴衣

 盆が過ぎてすぐくらいの日のこと、突然メッセージが届いた。

 メッセージの届いた先が例の女子四人も含まれたグループチャットであったことから、もう嫌な予感がした。

「2日後に近くで花火大会あるんだって! 皆で行かない?」

 差出人は安達だった。まあ、アイツにとってはこのグループぐらいしか誘える仲間いないんだろうな……。

「うん、行く」

 真っ先に返事したのは加賀見だ。二人の仲の良さには毎度感心させられる。もう付き合っちゃえよお前ら。

「私も行きたい!」

「参加しまーす」

 春野・日高が続けて了承。この二人、てっきり同じクラスの友達と先約があるのかと思ってたので意外だった。

「黒山も行くよね?」

 毎度のように圧力を掛けてくる加賀見さん。俺がそういつもいつも言うこと聞くと思ってるのか。

「はい」

 勿論言うこと聞くともさ。加賀見さん怖いからね。何でこの国はこんな恐ろしい存在を生み出し、そして放置してるのか時々疑問に思ってるよ。


 花火大会かー……。小さい頃親父に連れてってもらった思い出があることにはあるんだが、もうあんま憶えてないな。

 いい機会だし素直に打ち上げ花火を楽しむことにするか。

 あと、例によって加賀見と一緒にいる内は加賀見の弱点になりそうな情報を探ることも忘れないようにしないと。



 花火大会当日。開始30分前に集合となったので俺はさらにその10分前に来た。

 辺りは夕日に照らされ、オレンジに焼けた空が薄い紫のグラデーションを経て次第に暗闇に沈んでいくところだった。

 季節が季節だけに外がまだジメジメと蒸し暑く、さらに風も少ないので人混みに入ったときの熱気がどうなるのか想像もしたくない。

 念のため凍らせた水にお茶を注いだペットボトルと濡れタオルを用意しておいたものの、暑さでぶっ倒れないように気を配っておこう。


 やがて見知った人間がやってきた。

「や、黒山君」

「ちーっす」

 春野と日高だった。二人とも夏の夜でも十分涼しそうな半袖とズボンを着けてきていた。

 これなら人混みの中でも苦労せず動き回れるだろう。

「いやー、楽しみだね」

「ああ、何せ100万発打ち上がるらしいからな」

「そんなに⁉」

「勿論嘘だ」

「むー……」

 冗談を軽いジャブとして放ってみたらもう膨れっ面になる春野。コイツ毎回反応が面白い。もっと嘘を吐きたくなる。

「あはは、まあでもここらじゃ規模でかいみたいだねぇ」

 日高が会話に加わる。まあ他の都道府県からも観客が入ってくるぐらいだと聞くし、大規模なんだろうな。


「ミユマユはまだ来てないの?」

 日高がそう確認してきた。お前安達と加賀見のコンビをそう呼んでるのか。アイドルユニットみたいな呼び名だな。見た目だけは人気になりそうだが、ツインテールの方は裏の顔をスッパ抜かれて一瞬で終わりそう。そうなるとあのツインテールの方ってアイドルに向いてないな。本人もなる気はないだろうから問題ないか。

「ああ、まだだな」

「へー、いつも私らより早く来てるのにね」

「珍しいよな。電車やバスが遅れてるとかじゃないか?」

「あー、ありそう」

「私達のときも人多かったもんね」

 今日は花火大会のせいで周辺の交通機関がそれなりに麻痺している。特に入口近くの道路の中には通行止めが行われているものもあるので、車の込み方が凄まじい。

 電車でもそれなりに混むだろうが、バスで来たら大幅な遅延は覚悟しなければならないレベルだ。

「まあ、まだ集合時刻までに時間もあるしな」

「うん、余裕持って開始まで大分早い時間にしたし多少遅れてもね」

 そんな会話を交わしていたら、

「あ、来た!」

 春野が遠くにいる何かに気付き大声を出した。まあ、ミユマユのことだろうな。


「あ、皆もう集まってたんだね」

「ゴメン、遅れちゃった」

 安達・加賀見も二人同時に来ていた。春野・日高と同様に動きやすそうな軽装だった。

 そこらのラブコメなら夏の祭りには浴衣で現れる女子が最低一人はいるのかもしれないが、この女子四人に限りそういう服装をしてくる奴はいなかった。まあ動きにくそうだもんなアレ。なお、着たことないので想像で物を語ってます。

「……浴衣着てきてる人いないんだね」

 加賀見が今の俺の思考と同期したかのようなことを呟いた。期待してたんかい。自分も着てこなかった癖して。

「え? いつもの格好でいいんでしょ?」

 春野が、意味がよくわからないとばかりに確認してくる。この子のこういう所が何か好き。

「いやー、やっぱこういう格好の方が楽でさ」

 日高も加賀見の呟きに返答する。そりゃそうだよな。

「私の家、着ていけるような浴衣がなくって」

 安達、加賀見の趣味にそこまで付き合うことないと思うぞ。

「……うん、大丈夫」

 そう言って加賀見は皆に微笑みを向ける。ちょっと営業スマイルの匂いを感じる。


「あれ、服装といえば、今日黒山君の格好何か普通だね」

 春野がふと俺の方を見やる。

 そう、以前はしばしば着ていたアロハシャツなどを今日は辞めて、普通の半袖で来た。

 基本的に今日は夜の暗い中を動くので、九陽高校の生徒達に目撃されても顔は詳しく割れないと踏んだのだ。

「まあ、アレは日中、外出するときに着ようと決めてきてさ」

 とりあえず適当にごまかす。春野は「へー」と理解してくれた素振り。加賀見は白けた表情でこちらを見ていた。大方俺の真意を理解してバカバカしく思っているのだろう。

「黒山君、服装に色々拘りがあるんだね」

 ん? 何かまた春野に変な解釈されてない?

「別に拘りというわけでもないが」

「じゃあどうして日中はアロハシャツとかなの?」

「……そうしてると運勢が良くなるって本に載ってて」

 自分で言っててこの上なく胡散臭くなってくる。どんな本だよ。どんなタイトルで著者は誰なんだよ。

「へー! 黒山君占い好きなの!」

 春野が驚いた様子で声を上げる。やめて、俺の名前を大声で呼ばないで。我が校の生徒が周りにいたらバレちゃうでしょ。

「へー、知らなかったなー」

 加賀見、お前俺が占い興味ないのわかってて便乗してるよな。


 ともあれこの五人で花火を観る運びになった。


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