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第059話 映画

 エスカレーターで映画のコーナーに向かう途中、春野が後ろから声を掛けてきた。

「ね、黒山君って映画好きなの?」

「そうだな、2~3ヶ月に一回、気になるのがあれば」

「へー」

「基本そんな金ないのと、ラノベの方に使ってるのもあるからそんな行けてないけどな」

「あー、なるほどね」

 ウチの高校はバイトを許可されているものの、今の所やる気にならない。メンドくさい。宝くじ当てたい。一生遊んで暮らしたい。

 関係ない欲望まで巡ってきた思考を軌道修正し、春野の話を聞く。

「私もお小遣いを考えるとそんなに映画行けないんだよなー、黒山君と似てるね」

「まあ、そうかな」

「好きな映画のジャンルは?」

「ん、アニメって所か。自分の好きな原作の映画化なら観に行くことがある」

「あー、わかる。私もマンガからアニメ入るから」

「ほう」

 そんな雑談を交わしながら、春野と二人で映画コーナーに行く。


 春野の本日の格好はいつもの学校の制服やジャージ姿より大人びていた。上は袖がない代わりに何かふわっとした布が肩・胸の辺りを覆ったブラウス。下は春野の長い脚を守るような黒いスラックス。ややもすれば女子大生に見えるかもしれない。

 俺はそんな春野の雰囲気を破壊するような派手なアロハシャツと、こういう機会でもなければ掛けるわけのない伊達眼鏡を掛けていた。悪いな春野。でも俺には必要なことなんだ。

 そんな美女とアレの組み合わせに対し、周りの人もチラチラ見てる気がする。

「……お前いつもこんな人目に曝されてるのか」

 俺でも目線が時折こちらに向けられてるのがわかる。こんな状況では春野が人目を避けたくなるのもむべなるかな。

「いや、いつもはもっと少ないんだけど」

 春野から意外な答えが返ってきた。あれ? じゃあ今日特に人目が多いのはどんな理由だ?

 と少し考えを巡らせたが、美女だけでなくアロハシャツの見た目がアレな方にも目がいってることにすぐ気付いた。いや、俺の中身はアレじゃないよ。ホントだよ。

「スマン、多分俺の方が悪目立ちしてる」

「え、いいよ別に」

「次からは宇宙服にするか」

「下手すると通報されるよ」

 え、ダメなの? 割と本気で検討してたんだが。

 うん、春野の目つきを見るにダメっぽいね。諦めるよ。そもそも宇宙服の値段っていくらなのかわかんねーわ。


 映画のコーナーに着いた。売店からの甘ったるい香りが入口まで広がってくる。

 夏休み真っ盛りということもあり俺達とそう歳の変わらなそうな少年少女がそこそこに混雑を成していた。

「うわー、人一杯」

「そうだな。はぐれないようにしないと」

「私の方は黒山君が遠目でもわかるから大丈夫だと思う」

「そうか」

 うん、こんな派手なシャツ、俺の方でもわかるわな。

「観たい映画はあるんだよな?」

 最初映画に行きたいと切望してたのは春野だから、当然お目当ての映画があってのことだろう。

「うん、これ観たいなって」

 春野が指差したのはとあるアニメ映画のポスターだった。俺は馴染みないな。

「おう、じゃそれにするか」

「黒山君は何か観たい映画ないの?」

「俺はどれでもいい。とにかく加賀見を避けられれば」

「……そっか」

 俺達は近くの券売機でさっさとチケットを購入した。


 シアターに入る前に

「お前、ポップコーンとかはいいのか」

 売店の方を向いて、春野へそう確認した。

「ん、別にいいかな」

「そうか。何となくお菓子とか好きそうに見えたから意外だ」

「えー、別にそんな食べないよ」

 言われてみれば、この前の林間学校でもそれより前に遊んだときでも甘い物を口にするところは見たことなかったな。

「ひょっとして間食をあまりしないタイプか」

「うん、そうだよ」

 さらっと答える春野を見て、そりゃそのモデル体型を維持できるよなと妙に納得してしまった。



 映画を鑑賞し終わって、外に出る。90分ぐらいの内容で初めて観てみたが初心者でも楽しめる内容だと思いました。

「いやー、面白かった」

「おう、俺も面白いと思った」

「え、ホント? 原作は知ってる?」

「マンガなんだっけ。俺は読んだことないんだよな。アニメも今日が初めてだ」

「へー、そうなんだ。よかったらマンガ全巻貸そっか」

「考えとく」

 春野、根っからのファンなんだな。目の輝きがいつも以上になってる。

「それにしても、結構カップルが多かったね」

 確かにシアターの外でも中でも、男女で仲良くしてる二人組がそこかしこに見られた。俺達の席のすぐ隣も大学生と思しきカップルが上映開始まで会話で盛り上がっていた。

「休みの最中だし浮かれまくってるんだろうな」

「……私達ってどう見られてるんだろうね」

 春野、お前もそういう世間体は気にするんだな。

「お前はともかく、こんな場所でこんな服着てくる奴がカップルとデートなんて思われねーのは確かだな」

「……黒山君には悪いけど、同意しちゃいます……」

 こんな場所をアロハシャツに麦わら帽子でデートする奴がいたら俺もお目に掛かりたい。撮影は趣味じゃないが撮影してネタに取っておきたい。

 俺も自分の正体がバレるとは思わないからこんなアレな格好してウロついてるが、もしバレる恐れがあったら端からやってない。

 あれ、そうなると顔を出してる春野は晒し者では?

「……もし学校で噂になったら、親戚のお兄さんがボディガードしてくれたってごまかしとけな」

「いきなり何の話?」

 おっと、色々説明をすっ飛ばしてしまった。

「いや、こんだけ悪目立ちしてたら春野を知ってる生徒達にも目撃されてるんじゃないかと思って」

「えーっと、それで私が噂されるかもって?」

「ああ。そうなったらすみません」

 先んじて謝っておく。これでフォローはバッチリ!

「まあ、とりあえず黒山君の言う通りにしてみるよ」

 春野がクスっとした笑いを俺に向けた。いつもの天真爛漫な笑顔とも違う、子供の妙な言動を面白がるような大人っぽい笑い方だった。


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