第058話 ショッピングセンター
林間学校から数日後。
俺は約束した通りの場所に約束した通りの時間へ出向き、女子四人を待っていた。
前回と同じく、安達が女子四人の中で最初にやってきた。
「……黒山君、イメチェンしたの?」
「おー。まあ単に九陽高校の奴らに顔を割れたくないだけだな」
「だからってそこまで……」
俺の今日の出で立ちは、前回春野に会ったときと同じアロハシャツに、今回初めて着けてきた伊達眼鏡のファッション。麦わら帽子を被り、いかにも南国にいる気分だ。
「あ、ちょっと私離れるよ」
「お、そうか」
そう言って大体5mぐらい距離を空け、俺のいる方とは全く関係ない場所に体を向ける安達。あたかも他人のフリをしてるよう。俺にとっては気楽でいいな。
次に加賀見がやってくる。
「おはよう、ミユ」
「おはよう、マユちゃん」
俺に気付いた様子もなく安達に挨拶を交わす加賀見。
「まだミユ一人だけ?」
「いや、あそこに黒山君来てるんだけど……」
安達が俺の方を指差し、それに従ってこちらに加賀見が視線をやった。少しして加賀見が「ああ」とぼやき、
「アンタいつからそんなファンキーな人間になったのさ」
何の躊躇もなく俺の方に近づいてきた。安達と同じく他人のフリしてくれても全然良かったのに。
「知らなかったのか、俺は私服基本こんな感じだぞ」
「前遊びに行ったとき至って普通の格好だったじゃん」
「あれはこの手の服を全部洗濯に出したからだな」
「春野さんと一緒にいる所を同じ高校の生徒達にバレたくないんだろうけど、もっとマシな服あったでしょ」
「理由わかってるなら訊くなよ。今のやり取り全部無駄じゃねーか」
「アンタといた時間が無駄じゃなかったことないんだけど?」
減らず口を叩く加賀見。暑くてへたりそうになる天気なのに、口はとても達者だな。
安達も加賀見が一緒にいる心強さからかこちらに近づいてきた。今の俺と二人きりでいるのは相当嫌だったらしい。まあ逆の立場なら俺も嫌だったけどね。
「は、はは、今日黒山君の服を選ぶのどうかな」
「それもいいかもね」
「いや、服買う程の金持ってないぞ俺」
「は? ご飯とかどうすんの」
「だからあるのはその昼飯代と、交通費と、余裕がほら、こんなもん。今日は基本見て楽しむ予定だ」
加賀見に財布の中の所持金をちらりと見せた。
「……はあ、全く」
加賀見は意外にもあっさり折れた。金銭というデリケートな問題に首を突っ込む気にならなかったのかもしれない。
念を押すと、俺の手持ちが今言った分しかないのは事実だ。
「おはよー」
「おはよ……また随分変わったカッコだね」
春野と日高が揃って到着。日高の方は俺を見てぎょっとしてる。
「まあ、ちょっと理由あるんだ」
「前に私と会ったときもそんな感じだったよね」
春野がアハハと笑いながら言うと
「ん? 前って何の話?」
加賀見が春野の言葉にツッコんできた。
春野のいう「前に会ったとき」とは一学期の終わり頃に二人で会ったことを指している。そのときの俺は今回と同じような変装をしていた。
で、春野に頼まれていたラノベを一式貸す代わりに、加賀見の制裁を止めるため一芝居打つよう頼んだのもこのときだ。
というわけで加賀見へ詳しく話されるとマズいと冷や汗が流れたが、
「あ、私が黒山君にラノベを借りたくて持ってきてもらったんだ。そのときもこの駅で待ち合わせだったんだよ」
春野は俺の芝居の部分には触れず説明してくれた。春野さん、いや女神様、心より感謝致します。
「……そうなんだ。で、そのときもコイツはこんなはっちゃけた服で来たと」
「そうそう。最初は黒山君だってわかんなかったよ」
「うん、私も全然気付かなかった」
「黒山君、普段こういう服着てるんだね」
「……あ、ああ」
春野に振られて咄嗟にそう答えた。いや、普段はもっと普通の洋服です。春野と外で会うとき限定でこんな普段じゃ絶対着ない服を着てくるのです。
そんな本心を知ってる安達と加賀見は俺を睨み、日高も何かを察しているように俺を怪訝な目で見つめているが、春野の前では明かさないぞ俺は。
「全員揃ったし、そろそろ行くか」
「うん、そうだね!」
「へー、アンタ行く気あるんだ」
ごまかすために声を掛けた俺に賛同する春野とからかう加賀見が実に対照的に映った。
駅から歩いて5分程の所にあるショッピングセンターへ到着した俺達は、早速行く場所を話し合う。
「んじゃ、皆どこ行きたい?」
「私は服見に行きたいなーって」
「賛成!」
「うん、私も」
安達・日高・加賀見は洋服のコーナーを希望。
「わ、私は映画行きたいって思ったんだけど……」
春野がおずおずと自分の希望を申し出る。五人中三人が自分と違う上に揃った希望を挙げてるんじゃ言いづらいよな。
でもこれは俺にとってチャンスだ。
「俺も映画行きたいんだが、ここは二手に分かれるのはどうだ?」
「「え?」」
春野と加賀見が同時に疑問の声を上げる。
俺としては加賀見を含めた面子と一緒にいるよりも、春野と二人でいる方がずっとマシだ。
「お前ら三人は服を見る。で、春野と俺の二人は映画を観るなら収まりいいだろ」
「……」
加賀見は無表情で黙している。俺だけの話なら容赦なく蹴っ飛ばしただろうが、春野にも関わるだけにどう反対するか考えていることだろう。しめしめ。
「いーねそれ! リンカ、映画楽しんできなよ」
日高が助け船を出してくれる。流石は春野の幼馴染。春野の味方をしてくれるのが今はありがたい。
「……いいかな?」
春野が皆に確認を取るようにぼそっと訊いた。そんな遠慮なんてお前に似合わねーぜ。
「……うん、一旦別行動にしよ」
「リンカちゃん、楽しんできて」
加賀見が折れた。それに安達も続いた。春野と日高が俺の案に乗っかってる中、旗色が悪いと判断したようだ。
以前の制裁を止めたときもそうだが、自分の策が図に当たって加賀見の憮然とした表情を眺めるのは中々に気持ちがよかった。俺も加賀見の悪趣味が移ってしまったのだろうか。そのまま性格が加賀見同然になったら救いようがなくなるな。
「決まりだな。じゃ、映画のコーナー行こうぜ」
「……うん!」
春野がさっきの遠慮しいしいな表情から一転綻んだ笑いに変わった。
俺と春野は映画のコーナーがある階へ歩きだす。2階上の所にあるのでわざわざエレベーターは使わずエスカレーターで上ることになった。