第057話 弱点
自由時間が終わり、俺は今帰りのバスの中で揺られている。
行きのバスから見た風景を今度は逆方向から眺める形になり、それはそれでまた新鮮な気分だ。
さて、加賀見と行動をともにして得られた情報を振り返る。
一つは運動が苦手であること。
もう一つは安達を大事にしていること。
運動が苦手というのは前々からわかっていた。
しかし、今回の林間学校で徒歩30分程度の、普通の高校生ならまず登りきれる坂道を疲労困憊になる程体力がないことは驚かされた。
この弱点については今後何かに活かせるかもしれない。今の所アイデアが何も思いつかないけど、そこは未来のより成長した俺に期待しよう。
それと、安達との仲の良さである。
こちらも前から二人だけで行動していることが多く、親友といって差し支えないレベルに思っていた。
今回の飯盒炊爨においても安達が俺を咎めた際に俺へ即座に問い詰めにいった様子を見て、想像以上に関係が強固になっているのを感じた。
加賀見が俺への嫌がらせの口実に安達を利用した可能性も勿論あるが、あのときの加賀見の話しぶりは安達家で見せたような怒りの片鱗があり、表情には愉悦を露わにした笑みが一切なかったのだ。少なくともいつもやっていた「制裁」のときより雰囲気に余裕がなかった。
今日の自由時間に際しても春野・日高を下の名前で呼んだときには、安達の成長を喜ぶ保護者さながらの反応を見せていた。
加賀見が安達に対して特別な感情を抱いていると考えてもよさそうである。
安っぽい考えだが、それが恋愛感情だったとしても俺は驚かない。そのぐらい深い愛情が奴に見えた。
問題は、その安達を俺と加賀見の絶縁に利用できるかどうか。
俺が安達に本気で嫌われ縁を切れば、加賀見も安達の方についていって同時に縁を断つことができると思われるが、それを実現する手段が乏しい。
普通に安達と口を利かないとしても、安達に対して加賀見の俺に対するときのようにネチネチ正論攻撃するとしても、加賀見に介入されそうなのである。
具体的には俺にそんな素振りが見られた途端に、今までで見たことないような「報い」を俺に食らわせる気がしてならない。
事が事だけに春野と日高に口添えしてもらうことも難しい以上、加賀見のそんな介入を覚悟して安達との絶縁を試みなくてはならないが、そんな度胸も体力も俺には備わっていない。
俺と加賀見の問題に安達を巻き込むことがハイリスクだ。
加賀見の安達への感情の程が窺えただけでも収穫だが、その情報の利用価値については今はよく見積もれない。
結論。加賀見の弱点と思われる情報は掴めましたが、それを利用して奴と縁を切る方法については検討中です。
うん、現状打破への道は険しいね。
帰りのバスが学校に到着し、ここからは各自解散となる。
誰も遭難者を出すことなく無事に終わったらしい。何よりだが、ラブコメだったらここで主人公に属するグループや新キャラがトラブルを起こして、それを主人公が何とかして解決する展開じゃないかな。
そうすれば場合によっては戒厳令が出され、女子四人と一緒に行動する時間も減ってたかもしれないのだ。
しかし現実にはそんなトラブルは早々起こらない。王子のことを主人公と思ってたけど、実は顔がいいだけの普通の人なのかなんて最近は疑い始めてるよ。春野の方が主人公っぽく見えるから余計に。
まあ後は帰るだけだ、と油断していたのがいけなかった。
「黒山君!」
「ほら、さっさと一緒に駅まで行くよ」
「最後までよろしくね!」
「よろしくー」
女子四人が接近していたことに何も気付かなかったのだ。
「……おう、よろしくな」
これさえ……これさえ終われば後は自宅で寝るだけだ。そう思った俺は延長に付き合う体力を振り絞る。
学校から最寄り駅までの帰り道。普段一人で帰っているときはそんな苦労もしないのだが、今日は林間学校の疲れと女子達が一緒になっているという普段と異なる状況ゆえか、駅まで遠く感じている。
「ねえ、夏休み五人で遊びに行こうって話してたよね?」
え、そんな約束してましたっけ。とんと記憶にない。
「あー、例の打ち上げの帰りでね」
加賀見がわざわざ俺の方を見つつ捕捉してくれました。お陰様で思い出しちまったよチクショウ。
「あれまだ具体的なこと何にも決めてなかったよね」
「そーだね、今からでも決めちゃう?」
え、今から?
「今日は皆疲れてるだろうし、決めるのは明日以降にしないか」
明日以降になれば皆忘れてるかもしれない。そうなれば俺には好都合だ。
「いや、そんな疲れてないけど」
「話し合いぐらいなら平気だよ?」
「私も」
「アンタ体力ないんじゃない?」
女子達が口々に疲れてないと答える。加賀見、お前にそれ言われちゃおしまいだ。
「そっか。じゃー俺は皆の決めた通りに従うわ」
暗に話し合いには参加しない旨を主張しておいた。それやる元気もないのは事実なんでね。
「ん。じゃーどこ行きたい?」
春野のその言葉をきっかけに色々話し合う。
海、山、果ては外国など様々な希望が飛び交うがどこもそこまで行くお金がないので却下。特に山はこの林間学校で向かったばっかりだしな。
結果決まったのは丸船駅近くのショッピングセンターとなりました。
そこなら服飾・飲食・映画・ゲームセンターと小遣いの範囲内で一日は楽しめるとの判断だ。
日にちは3日後。林間学校から十分休みを取り、なおかつ俺達五人全員の予定が空いているタイミングとのことだ。
「いやー、楽しみ」
「アンタもしっかり来なさいよ」
「おー、でも夏風邪のときは勘弁な」
「そんときは私達全員で見舞いに行ってあげる」
「いや、お前ら俺の住所知らんだろ」
「アンタが私達に教えれば済む話じゃん」
「教える気ないんだが」
「大丈夫。私が自分から教えたくなるようにしてあげるから」
「なあ、お前の言う『大丈夫』ってどういう意味で使ってるんだ?」
加賀見にしても安達にしても言葉の使い方を間違ってるようにしか思わんのだが。
「ま、まあ体調は崩さないようにしないと」
春野が少々頬を引きつらせながら話題を切り替える。今回加賀見の俺に対する新たな暴虐を見たためか特に加賀見には恐れてるように見える。加賀見、お前春野に新たなトラウマ増やすなよ。
そこまで話した所で丁度駅に辿り着いた俺達は、そこで解散した。