第056話 蕎麦屋
ここらの自然の風景を一望できるという散歩コースをさっさと切り上げた俺達は、休憩を何度か入れつつお目当てのお土産屋に向かった。
置物、食べ物、ちょっとしたアクセサリなど種々の商品が店内に整然と並べられており、俺達以外にも九陽高校の生徒達がちらほら物色していた。
「あ、これ綺麗」
「おいしそう」
「ちょっと高い……」
女子四人も各々どれを買おうか楽しそうに迷っていた。
俺は適当に饅頭の類を手に取ってお会計を済ませた。親がマナーにうるさいのでちゃんと5個と、奇数個入りのものを選んで土産用に包んでもらった。でも店内を見渡すと4個入りの商品とか少なくないんだよなあ。
「あ、もう買い終わったんだね」
安達が目敏く俺の買った土産の袋を見つけてコメントを出す。
「まあな。お前らはもうしばらく掛かりそうか?」
「んー、どうだろ。とりあえず5~10分ぐらい?」
「待つにはそれなりに長く感じる時間だな」
「いや、スマホで暇潰しできるでしょ」
「それもそうだな」
そう考えるとスマホが普及してない時代の待機とか、どんなもんだったんだろうな。
「で、お土産選ばなくていいのか?」
「ん、そろそろ戻るよ。じゃあまた後でね」
安達は加賀見のいる食べ物のコーナーへと向かっていった。春野と日高は二人でアクセサリのコーナーを見て回っていた。コーナーの張り紙によればここらで作られた民芸品なのだそうだ。
スマホで今日のニュースやら見ていると春野が俺の元にやってきた。
「ん、どうした」
「ね、このブレスレットどうかな?」
春野が紐の飾りを自身の手首の近くに当てて俺に見せた。
黄緑、水色、白、紺の4色の紐がバランス良く織り交ぜられていて、晴れの日の山に来たときの爽やかさを連想させる出来だ。
「うん、お洒落だと思うぞ」
「そう。私に似合うと思う?」
春野がこの女子四人の中では、最も似合いそうに思えた。
「ああ、多分な」
そう答えると、春野の笑顔がより一層明るさを増した。
「ありがとう! ちょっとこれ買ってくる」
そう言って日高の元へ戻って何やら話をしていた。どうもあのアクセサリを大層気に入ったそうだ。よかったね。
この後5分ぐらい掛けて、女子全員がお土産の購入を済ませた。
土産の購入後は、歩いて3分ぐらいの所にある蕎麦屋まで移動する。
と、春野を見てあることに気付いた。
「お、もう装着してるのか」
「うん、早く試したくなっちゃって」
春野の右腕に俺へ見せた4色のブレスレットが飾られていた。ジャージ姿でそのブレスレットはやや不似合いだが、それを補って余りある春野の美貌がブレスレットの色鮮やかさによって引き立てられているのは確かだった。
「やっぱ似合ってんな」
ふとそんな言葉を漏らす。春野に聞かせるわけでもないので小声で呟く程度の音量だったのだが、
「あ……あはは……ありがとね」
春野にはしっかり聞こえていたようで頬が赤くなっていた。よせ、こっちまで恥ずかしくなる。
そんなやり取りがありつつ、蕎麦屋に到着した。
「いやー、この時間はまだ人少ないみたいだね」
「おい、声落とせ」
「あ、いけない」
安達を窘めるも、流石にまだ開店したばかりということもあって俺達以外に客はいなかった。
まああと少しすればどんどん客も増えていくだろうさ。
「蕎麦かー。そう言えば中学の林間学校で蕎麦打ちとかやったことあるよ」
「あー、あったあった。懐かしいなあ」
「へー、そうなんだ。私はないなあ」
「同じく」
ほう、そうか。
「俺も蕎麦打ちチャレンジしたなあ」
「黒山君も?」
「打たれる方?」
「そんな猟奇的なチャレンジじゃねーよ」
「よかったら私が打つ方やってあげるよ」
「優しい口調で何て惨たらしいこと言い出すんだ」
お前の嗜虐心満たしたいだけだろそれ。蕎麦全然関係ねーし。
そんなしょーもない雑談を交わすこと10分ぐらい。各々頼んだ蕎麦がテーブルに運ばれてきた。
五人で同時に蕎麦を賞味する。
「うわー、蕎麦の香りがスゴい」
「ホントだ、家で食べる蕎麦と大違い」
「……うまい」
めいめい高評価な感想を述べながら蕎麦の風味を楽しむ。うん、めっちゃウマい。
皆空腹だったのか蕎麦を啜っている間はほとんど話をせず夢中に食事をしていた。
そのため短い間に全員が蕎麦を食べ切ってしまった。時間が結構余ってるな。
「ねー、この後どうする?」
「そーだね。もうちょっと山の風景とか見ていきたいけど」
「……ゴメン、また歩くのはちょっと」
「あはは、やっぱそーだよね」
「まあ、ちょいちょい休憩を挟んで時間終わりまで適当に回ろ」
女子達は遊び足りないとばかりにこの後の予定をワイワイ話し合っていた。
と、安達がこんなことを口にした。
「うん、そうしよっか、えっと、リ、リンカちゃん、サツキちゃん」
そういう安達の頬がやにわに赤く色づいた。
「え、あ、そうだね安……ミユちゃん」
「ふふ、最後までよろしくミユ」
春野は安達と同じく戸惑いながら、日高はそんな二人に微笑みながら、安達を下の名前で呼んだ。
「……ミユ」
加賀見は安達の名前を呼びつつ、日高のように優しい笑顔を彼女に見せていた。そして奴からも口を開いた。
「なら私からも改めてよろしく、リンカ、サツキ」
「うん、マユちゃん」
「こちらこそよろしくね、マユ」
「……私の名前は真幸」
「知ってるよ、マユ」
「……そう」
これにて女子四人の間で苗字を呼び合う習慣が、綺麗さっぱりなくなった。どうでもいいが日高は女子のことをちゃん付けで呼ばないのな。
安達、お前もっと春野に釣り合う人間になりたいとか言ってたもんな。
下の名前で呼び合うことなんて仲良くなれば造作もないことだと思うが、お前にとってはそれなりに勇気の要る行為だったんだな。
俺がフランクに接すればいいと言ったときはもう少し時間が掛かるみたいなこと言ってたけど、その翌日にこれなら大して時間掛かってねーだろ。
なら、その調子で春野・日高ともっと親しくなるのもあっという間だな。
安達の様子を見ながらつゆと混ぜた蕎麦湯を飲んでいたら、たちまち飲み干してしまっていた。味は良かったと思うがあまり深く思い出せなかった。