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第055話 コース

 俺は速やかに安達・加賀見・春野・日高の待つ場所へ向かった。

 到着したときに真っ先に声を掛けたのは加賀見だった。

「遅い」

 勿論普通の挨拶ではなかった。

「急いできたつもりなんだがな」

「アンタがメッセージでうだうだ言わなきゃもっと早く来れた」

「俺はレクリエーションを提案しただけだぞ」

「私達が乗ってたらこれ幸いに一人の時間を楽しんでた癖に」

「……お前エスパーか何かか?」

「アンタの思考がわかりやす過ぎるだけだから」

 いつものように加賀見と言い合いになってしまう。いつものことなので安達も俺らの様子をニコニコ見守るが、

「と、とりあえず皆でどっか回ろう!」

「そうそう、時間も勿体ないしチャッチャと行こ」

 ここで春野と日高が話題を切り替えた。まあ、コイツらも林間学校を目一杯楽しみたいだろうからな。

「ん。そうしよう」

「じゃ、まずはどこ行こっか?」

 加賀見も安達も同意し、女子四人で行く場所を話し合った。


 自由時間は基本的に宿泊施設周辺を巡ることになる。

 近くの名所へ行ったりお土産を買ったり昼飯を済ませたり、この自由時間の中で自分達が裁量するのだ。

 女子四人は各々事前に配布された周辺マップを広げ、意見を交わしていた。

 俺? 端から意見を出さず皆に流されるつもりですよ。モブっぽいでしょ。

「まずはこの辺り散歩してみよう」

「……ちょっと筋肉痛あるから程々で」

「ゴメン、私も同じようにしてくれると」

「えー、私何ともないよ」

「春野さん、体力お化け」

「いや、普通だよ」

「んじゃここはキツくなったら適当に切り上げて、後はこの店でお土産選ぶのはどう?」

「この店も行ってみたい」

「うん、近くだしいけるかも」

「ご飯はどうしよっか」

「うーん、ここに来るときに時間がどうなってるかわかんないしその場で決めていいんじゃない?」

「タイミングは、人が混みだす前にしよう」

「そーだね、自由時間が待ち時間で潰れるのもアレだし」

 全員が色々と行きたい所、行く順番、時間帯などで様々に意見を述べ、そこに大した衝突も起こらず話が進んでいった。


 ここでふと思った。

 もしこれが王子達のグループなら、流れを王子が全部一人で決めてたような気がする。

 この前の打ち上げにしても王子を取り巻く友達は王子一人に呼びかけを任せ、その結果王子の言うがままに流れが進んでいた。

 そのときと同じ調子ならば行き先を決めるにしても一応ワンマンっぽくならないように他の友達の意見を募るのだろうが、何だかんだ自分の意見が通るように誘導して最終的に皆の考えを王子自身の都合のいいように持っていく。そうしてもおかしくはない。

 かねてから俺は王子と春野を主人公みたいな存在として同列に見ていたが、今の春野を以前に見た王子と比較すると、

「あ、それいいね!」

 など、皆の意見を積極的に取り入れ、自分の意見を言うときも皆と歩調を合わせつつ、決して出しゃばらないようにしていた。

 王子よりも春野の方が人に好かれそうな資質を感じた。


「アンタは行きたい所ないの?」

 加賀見が俺にも意見を求める。

「いや、皆が行きたい所でいいよ」

「そんなこと言わない。アンタも皆と一緒に行くんだから、きちんと要望出さないと」

 そりゃどーも。お前からそんな殊勝な台詞が出ると親切心じゃなくて悪巧みを疑うぜ。

「ね、黒山君は本当に行きたい場所ないの?」

 春野が同じことを確認する。コイツの場合は素直に親切心から出たんだなと思える。

「そうだな、バスで待機して読書していたい」

「却下」

「じゃなきゃ、飯屋をここにするとかな」

 俺がマップの一点を指差す。

「ここは?」

「蕎麦屋。スマホで調べたらそれなりに高評価なんだと」

 山の方へ来た以上、一度本格的なお蕎麦を味わいたいと思っていた。それで軽く周辺の蕎麦屋を調べていたのだ。

 本当は一人でゆっくり堪能したかったので、女子達と行動をともにする時点でどうでもよくなっていた。

「へえ、いいんじゃない?」

「場所も行く予定のコースからそんな離れてないね」

「私もOK」

「それじゃ、行ってみようよ!」

 女子四人からも特に異存は出なかった。少しは食べ物の好き嫌いで意見が分かれるだろうと思っただけに意外だった。皆、実は蕎麦好きとか?



 行くコースが大体決まった。まずは近くの散歩コースを歩いてその風景を楽しむ。

 ……予定だった。

「はー、はー……ゴメン皆、もうここで勘弁して」

「マユちゃん、しっかり」

「加賀見さん、大丈夫?」

「ちょっとだけ休もうか」

 加賀見が歩いて10分もしない内にギブアップした。

 今にも倒れそうな加賀見を女子三人がフォローする。日高の表情から「この子マジで?」という気持ちが出てるように見えるが、マジで体力ないんですこの人。

 加賀見曰く「き、昨日の筋肉痛が……しんど……」とのこと。

 うん、まあ俺も、恐らくは他の女子達も昨日の山登りで脚に少し痛みはあるから気持ちは察するよ。

 でもお前はそれ以前の問題だろ。

「散歩はここで切り上げよっか」

 え、マジですか。

「そーだね、加賀見さん置いてけないし」

「マユちゃん、戻り道は行けそう?」

「……ゴメン、少し手を貸してもらえるかな」

 皆も引き上げることが前提で動きだしている。繰り返すが10分もない距離なんだよ。残りの自由時間も皆に背負われながら移動するつもりか、お前。

「この後の行動とか基本歩きだけど大丈夫なのかお前」

「……うるさい。でもごめん皆、ちょっと合間合間に休憩入れさせてもらっていい?」

「うん、いいよ」

「私達のことは気にしないでいいって」

「辛かったらマユちゃんのペースに合わせるよ」

 随分と優しいお友達に恵まれた加賀見さん。

「……ありがとう」

 皆に頭を下げてお礼を言う。感動的にも見えるけど経緯があまりにも情けなく感じるのは俺の心が汚れてるからだろうか。


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