第054話 鬼ごっこ
林間学校が二日目を迎えた。
本日は午前中が丸々自由行動となっており、午後にバスで学校まで帰るスケジュールになっている。
私はサツキとともに、とある場所へ向かっていた。
そこには既に友達が待っていた。
「おはよう、二人とも」
「おはよー」
「おはよう」
「おはよう」
安達さんと加賀見さんだ。
昨日、メッセージのグループチャットにてこんなやり取りをしていた。
「明日私とミユと黒山の三人で行動することになってんだけど、春野さんと日高さんも一緒にどう?」
「え、いいの?」
「お二人なら大歓迎だよ!」
「じゃ、参加しまーす」
「私もよろしく!」
「決まりだね。集合場所と時間は……」
と、五人で集まる予定だったのだが、現時点では安達さん・加賀見さん・サツキ・私の四人しかおらず、黒山君がいない。
「あれ、黒山君は?」
「ああ。アイツ昨日のメッセージ読んでないんでしょ」
「え? でも昨日加賀見さん黒山君も一緒って言わなかった?」
メッセージ送る前から本人と連絡取って決めてるものと思ってたんだけど違うの?
「うん、大丈夫。今から呼んで来させる」
「ええ……」
加賀見さんがスマホを操作しだした。
まさか本人に何の確認も取らずに一緒にいる予定立てたの? 相変わらず強引……。
「あ、春野さんと日高さんは気にしなくていいからね」
安達さんがそう言ってくれるけど、黒山君に断られても文句言えないと思うよソレ。
「……ねえ、サツキ」
「……ここはとりあえず二人に任せよ」
サツキが左右に首を振る。うん、もう深く考えるのはやめよう……。黒山君と加賀見さんには私達の常識では測れない何かがあるんだよ、きっと。
少しして私達五人のグループチャットに新着のメッセージが届いた。
加賀見さんからのメッセージで、
「黒山、この場所で私達待ってるから」
という本文に今いる場所の写真が添付されていた。来てくれるのかなあ。
黒山君がこのメッセージを読んだのは確認できたものの、すぐに返事は来なかった。
「……早く来いっての」
加賀見さんがイライラを感じさせる口調で独り言ちる。黒山君からしたら寝耳に水なんじゃないの。
そうして3分後ぐらいに、ようやく黒山君から返信が来た。
私達が全員でそのメッセージを確認する。
「なあ、俺とお前らでちょっと勝負でもしないか?」
そんな文を見て、私達は首を傾げた。
相変わらず勝手に予定を組んで俺の自由を奪おうとする加賀見のメッセージを読み、俺は一つ作戦を考えた。
それは女子四人から俺が逃げる鬼ごっこに巻き込むというものだった。
さっき届いた加賀見のメッセージの通りに女子四人と合流したら、自由時間は全てソイツらと一緒にいなければならなくなる。つまりその時点で俺が一人で過ごす時間が消滅する。
しかし俺一人が女子四人から逃げるゲームに持ち込めば、彼女達から捕まらない限り、俺が一人で過ごす時間を確保できる。
舞台は自由時間で行動が認められている範囲全てだ。一度撒いて隠れてしまえば次に女子達が俺を見つけるのはそれなりに時間が掛かるはず。
そして大人気ないが、俺が本気を出せばあの女子達を撒くのは朝飯前だろう。
女子達に見つかるまでの間は一人でやりたかったこと、例えばスマホやラノベでの暇潰しなどでやり過ごせばいい。場所によっては自然の風景を鑑賞するのも一興というものだ。
無論奴らに捕まったらその時点で合流。以降は奴らと行動をともにするわけだが、最初から合流するより一人の時間を少しでも確保できる。
何か大分目標が低い気もするが、今の俺にはそれだけでも御の字だった。
いやー、こんな手を思いつくとは俺って頭イイネ! 自分に惚れ惚れするぜ。
少しウキウキしながら上記の鬼ごっこのルールを説明すると、
「いや、そういう勝負とかいいから。さっさと来いよ」
と加賀見から返信が来た。
え、あれ、何で? ここは普通「面白そう」「乗った!」とか皆でワクワクしながら勝負を受けるもんじゃないの? 今向こうにいる女子達の雰囲気どうなってんの?
「スゴく楽しいと思うよ。林間学校の中でも心に残る思い出になりますよ」
「昨日アンタが忘れたって言ってたヤツ、思い出させてあげようか?」
加賀見のメッセージを見て、何のことか思い当たった俺は一瞬寒気を覚えた。
あれ、忘れてることのはずなのに今の悪寒は何? 一体何があったの?
ちょっと思い出してみたいという興味が頭を過ったが、そんなものより遥かに強い脳からの警告が思い出すことを必死に拒んでいる。やっぱダメだ。
ただ、加賀見の頼み(命令)を断れば、そんな忘却された記憶を無理矢理にでも思い起こされてしまうらしい。恐らく奴が昨日言ってた追体験という方法によって。
自分の身の安全が第一と考えた俺は、先程実施しようとした作戦が失敗に終わったことを理解し、大人しく女子四人と合流することにした。メッセージには「はい、今行きます」と送った。
「……ノータイムで蹴っ飛ばしたね」
「……まあ、黒山相手じゃ捕まえられる気しなかったけどね」
サツキと私はメッセージの上で繰り広げられた黒山君と加賀見さんのやり取りに戦慄した。
黒山君が勝負として持ち掛けた鬼ごっこのルールを一通り説明した後に、加賀見さんが勝負の提案を一蹴して早く来いと返信して話が終わったのだった。
私はその勝負面白そうと思ったんだけど。加賀見さんが策を考えて、それでもって最終的に私達が勝つんじゃないかとも思ったんだけど。
今のイラついた加賀見さんに対して「ねえ、やっぱ勝負受けようよ」と言える勇気、私にはないです……。
勝負の提案を無下にされた黒山君からは最後に「はい、今行きます」ってメッセージが届いていた。黒山君……。
「加賀見さん、メッセージにあった黒山君の『忘れた』ことって何?」
ちょっと気になったので訊いてみる。
加賀見さんは
「……ああ、昨日あそこの宿泊施設の裏手で何があったか忘れたらしいから、記憶を呼び起こす手伝いでもしよーかってこと」
「……そ、そう」
宿泊施設の裏手……って黒山君・サツキ・私で加賀見さんと安達さんに謝ろうとしたときのことを言ってるんだよね……。
それを思い出したとき、私は恐怖でこれ以上深堀りするのを止めた。
林間学校中に鬼ごっこをやる展開を思いついたのですが事情により没にしました。
勿体ないのでここで利用します。