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第051話 キャンプファイヤー

 宿泊先からは太陽がすっかり姿を消して一面が暗くなった頃、その暗さを払うような明るい大きな火が焚かれた。

 生徒達はその火を囲み、ある者はカップルで手を繋ぎ合わせて踊り、ある者は友達との会話に笑い、またある者は火をただ見ていた。

 俺もそんな凡百の生徒達の一人として、火の明るさをじっと見つめていた。


 あの後、加賀見の指定した場所へ出頭した俺・春野・日高は予めシミュレートしていた通りに弁解する手筈でいた。

 出向いた場所で待ち構えていた加賀見と安達はともに目に光がなかった。安達のは数回見たが加賀見のこの目は初めてだなあとどうでもいい感想で現実逃避していたのを憶えている。

 さあ言い訳をしようと口を開く前に加賀見が俺のジャージの胸倉をグイっと掴み、そのまま宿泊先の建物の裏へと俺を連行した。あれ、言い訳すら許されないのですか。俺のしたことはそれほどの重罪ですか。

 春野と日高の方がどうなったのかはよくわからないが、恐らくは二人に向けた安達の「うん、大丈夫だよ。大丈夫だから」という声が遠くに聞こえていた。一体何が大丈夫だというのか。


 その後のことはあんま憶えてないんだ。ゴメンね。

 気が付いたら俺は今のこのキャンプファイヤーの光景を傍観していた。

 加賀見がこの上なく楽しそうな笑顔を浮かべていたのが僅かに記憶に残ってるぐらいで、それ以上は何故か一切思い出せないんだよ。世の中不思議なこともあるもんだね。

 ちなみに俺の体の方には傷一つ付いていなかった。それなのに記憶を失う程のことって俺の身に何があったんだろう。

 そうそう、意識が戻った後にスマホを確認したら春野と日高からメッセージで個別に「力になれなくてごめんなさい」という意味の謝罪が届いてたよ。さしあたり「二人は無事か?」と確認したら「私達は何もされなかったけど」と返ってきたので「そりゃよかった」とだけ送っといた。二人を巻き込んだのは俺だしね。こんぐらいは言っとかないとね。


 周りには幸いお馴染みの女子達がいなかったので、残り時間をこうしてぼーっと過ごそうとしたら

「あれー、まだ調子戻ってないのかな」

 安達が声を掛けてきた。毎度のことだが何故コイツは気が付いたときには既に近くにいるのか。

 つい返事しそうになったが、もしかしたらこのまま惚けているフリをすれば凌げるかもしれないと思い、無視した。

「おーい、黒山君?」

 安達が俺の顔の前で手をぶんぶん振る。勿論リアクションなどしない。

「聞こえてるー?」

 安達が俺の耳の前に口を寄せて呼びかける。勿論応えない。

 と、ここで安達が俺の真正面に来る。

 そして右手で拳を握り、それを俺の顔と同じ高さに持ってきて右腕を後ろに引く。

 これから右ストレートを放つポーズに見えるんだけど、何? 何なの?

「えーと、確かマユちゃんがやってたのってこんな感じだよね」

 え? マユちゃん? そう言えば以前加賀見が例の「制裁」にこんなパターンを入れてた気もする。

 猛烈に嫌な予感を察知した俺は、

「ん? 安達どうした?」

 今起きたフリをした。

「お、目が覚めた」

 安達が何食わぬ顔で構えを解く。その図太い神経、加賀見に感化でもされたのだろうか。

「もー、何を言っても反応しないもんだから心配しちゃった」

 心配っていうぐらいなら最初から加賀見に俺の処遇を任せんなよ。

「俺、一体何があったんだ?」

「ん、私もよく知らないけど、後でマユちゃんに聞いたら?」

「怖いから遠慮します」

 即座に拒否反応が出た。それだけはやめろと心の奥底から警告が出てるんだよ。

「他の奴らはどうしたんだ?」

「マユちゃんは一仕事(・・・)して疲れたからちょっと一人で休むって。春野さんと日高さんはまたクラスの友達の方へ遊びに行ったみたい」

 安達が俺の隣に座り、他の女子達の事情を説明する。加賀見が一仕事かー。一体何したんだろうな。

「で、お前は手持ち無沙汰ってわけか」

「うん。だからこの時間は付き合ってもらおうかと」

「俺といても時間が無駄になるだけだと思うが」

「どう過ごそうが私の勝手じゃん」

「俺の勝手はいずこに?」


 安達は俺と同じく、キャンプファイヤーの中心たる大きな火を鑑賞していた。

 ジャージ姿で体育座りになっている安達を夜の中の火が照らす。火の光がその茶色がかっていたショートヘアをより燃えるような明るさに、その白い肌をより白く映し出し、静かに生徒達を眺めるその姿を暗闇から顕現させていた。

「皆楽しそう」

「そうだな」

「あそこの一団、こっちにまで声聞こえるぐらいはしゃいでるね」

「野外だし、こういう場だから大いにテンション上がってるんだろ」

「ふふ、そうかもね」

「お前もああいうグループに自分から入らないのか?」

「黒山君も同じでしょ」

「俺は一人で過ごすのが好きなんだ」

「そーでしたね。んじゃ私も同じ理由ってことで」

「出会った当初は友達欲しがってるように見えたんだけどな」

「以前はマユちゃんも春野さんも日高さんもいなかったからね」

 安達の目の中に、視線の先の炎が煌々と揺らめいている。

「今は皆がいるだけで沢山だよ」

「よかったな」

「うん」


 上の会話から少し間を置いて、安達がまた口を開く。

「結構踊ってるカップル多いね」

「ぱっと見3組ぐらいいるな」

 男女のペアが大きな火の回りを、手を繋いで踊っている。これで「ただの友達です」とか言っても苦しい言い訳にしか思われないな。

「何だ、お前も彼氏とああやってキャンプファイヤーでダンスしたいのか」

「ん、今はいいかな」

「ほー」

 と、ふと思い出したことがあった。

「この前の打ち上げで安達とよく話してた男がいたな」

「あー……」

 安達が口を開いたまま黙ってしまう。

「彼は何というか……私とは違う趣味に生きてる人なんだなって印象があったよ」

「あー、そういうことか」

 どうも向こうの空回りに終わったらしい。積極的にアプローチしても話が合わないんじゃなあ……。

「さっきも言ったけど、私には今いる友達と遊ぶだけで充分」

「いい友達持ったな」

「何で他人事みたいな言い方なのさ」

 だって他人事だし。


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