第050話 写真2
「ね、折角だからここでも写真撮ってかない?」
春野がそう提案するのを日高は「了解!」といい返事した。
二人とも普段は来ない爽やかな高原に学校の皆で足を運んだこともあってか、中々にテンションが高い。
「まず一人一人撮ってこ!」
春野がまず俺達の前に躍り出る。事前に日高へ自分のスマホを渡していた。
「はい、いくよー」
日高が春野のスマホを構え、カシャっと撮影した。
「おー、いい感じ」
「背景綺麗だねー」
女子二人がスマホを見て盛り上がっている。
「ね、黒山君はこれどう思う?」
と春野がそのスマホを俺に向けてきた。
どれどれと見てみると、今撮った春野の写真が載っていた。
草が元気に生い茂る原っぱに白い衣の形をした雲が飛び交う青い空。そこに眩しい笑顔を惜しみなく出した活発そうな美少女が中央を占めていた。
モデル顔負けの素晴らしい美貌がジャージ姿でも写真の上からでも写り、そこに明るい雰囲気が合わさったその少女は太陽の象徴に見えた。
「何かのポスターに使えそうだな」
「え、そんなことないでしょ」
「言われてみると。この学校の宣伝とかに使えるんじゃない?」
「サツキまで⁉」
春野が意外と言わんばかりのリアクションしてるが、何なら学校の連中にこの写真の感想をアンケートで取ってやろうか。
「えっと、次サツキね!」
どういうわけか頬が赤くなってきた春野が日高にバトンタッチ。
「ん、じゃよろしく」
それを受けて今度は日高がスマホを春野に渡し、さっきの春野と同じ位置に立って撮影。
「これいいじゃん!」
「どれどれ……まあまあかな」
「ほら、黒山君も見て!」
と、またしても俺にスマホを向ける春野。それ日高のスマホだけどいいのか。ほら、日高が恥ずかしがってるぞ。日高も止めていいと思うぞ。
日高の写真も素晴らしかった。
風で野原の草が程よくなびき、日高の癖毛があちこちに飛んでいるショートヘアもその風にそよいで爽やかさを引き立てている。
春野と同じくジャージ姿での撮影であるが、春野よりやや背が高いその引き締まった体型からはどこか頼もしい姉御肌が見て取れた。
「うん、いいと思うぞ」
「あ……ありがと」
日高が照れながらお礼を言う。褒められるのに慣れてないのかコイツ。
「ね、黒山君も撮ろう!」
「いや、マジで遠慮させてくれ」
「えー、そんな」
「写真はできる限り避けたいんだ」
「うーん……」
春野が引いてくれない。何とか説得しようと俺の方もあれこれ考えていたら春野が「あ!」と叫んだ。
「一人が嫌なら、この三人で一緒に撮ろ!」
「え、いやそれも」
「さっき加賀見さんと安達さんの三人で撮ってたじゃん!」
「あれもさっき言ったように強制的だったんだが」
「ねー、一緒に記念残そうよ」
春野がゴネ出した。コイツこんな所もあるのか。
しかしまあ……春野の我儘を聞いていけば、さっき俺が振り返っていた「咎」について少しずつ罪滅ぼしができるのかもしれない。
「わかった、わかったから」
春野に対しては、このレベルの頼み事は聞いていくことにしよう。
「ありがとー!」
「悪いね、黒山」
「気にすんな」
日高も気にすることないぞ、本当にな。
「んじゃ、さっき私達が立った場所に集合!」
春野・日高・俺の三人で集まる。春野を中心に、スマホのカメラから見て左に俺、右に日高が来る。
「ん、もうちょっと寄ろ」
春野の指示に従おうとするも、中々難しい。
仮にも女子の隣に近付くのはあまり慣れておらず、下手な場所に触れないようにするので頭が一杯になる。
離れすぎると写真から外れるので当然ダメ。春野の肩と俺の肩が触れるギリギリの所まで何とか寄せてみる。
さっきの加賀見のときは何にも気にならず普通にしんどさの方が勝っていたのだが、やはり春野相手では色々と配慮の方が先に立つ。
「ん、じゃー行くよ」
日高と俺のいる左右を確認した春野がスマホを掲げ、撮影ボタンを押した。
そしてすぐさま三人が写真を確認できる位置にスマホを持ってくる。
「おー、面白い」
「黒山君、さっきと同じ表情になってるよ」
春野と日高はさっき撮ったときよりも明るい笑顔になっているのに対し、俺の方は相変わらずの無愛想な面を出していた。しょうがない、俺だし。
「かえって個性的だろ?」
「まあ、そうだね」
「履歴書の写真とかこんな感じだよね」
履歴書用ならスーツ着て背景を一色にしないとダメだろ。
「さっきの写真、クラスの友達に送ってみる?」
「おー、加賀見さんと安達さんにも送ろーよ」
さっきの写真の共有で楽しんでいる二人を傍目に見つつ、俺は休んでいた。
今日だけで写真何枚撮られたんだ。もう抜かれる魂残ってないって。
「あ……」
春野の顔が青褪める。
「ん、どうした」
「ゴ、ゴメン黒山君、実は……」
「さっき黒山も含めて三人写った画像、間違って……」
「加賀見さんと安達さんのいるメッセージのグループに送っちゃった……」
「⁉」
急いで自分のスマホでメッセージを開き、例の五人グループのチャット画面を開く。
そこには確かについさっき見覚えのある写真が添付されていた。
安達と加賀見は俺を探しており、それに対して春野と日高には俺を見つけていないということにしてもらっていた。
つまり今共有された写真によってその嘘があの二人にバレることに……。
送られてちょっと時間が過ぎているが、
「……二人とも返事来てないね」
「既読は画像送ってすぐに付いたんだけどね……」
梨の礫という状態になっている。俺は顔が青褪めるどころか汗が止まらなくなっていた。脚もさっきから震えが止まらないの。ボクどうしちゃったのかなぁ。
と、ここで加賀見の方から新規のメッセージが届く。
まずは宿泊先の建物の玄関の近くを写した画像が添付。
その下にこんな文言が付されていた。
「黒山、ここへ来い」
鬼からの呼び出しだった。
「……なあ、二人にお願いがあるんだが」
「……うん、聞くよ」
「アイツらへ言い訳するのを手伝ってくれ」
「……はい」
「……まあ、私達も共犯だから」
春野からも日高からも引き受けたくなさそうな気分がありありと感じられたが、発端が二人の操作ミスであるからには付き合ってもらいたい。
ちなみに安達と加賀見へ嘘吐いてくれと最初に頼んだのは俺の方だが、今はそのことを綺麗さっぱり忘れることにした。
かくして俺達三人は、あの二人の待つ修羅場へ重い足取りで向かうことになりましたとさ。
……もう嫌だよぉ、おうち帰りたいよぉ。
そう俺の心が叫んでいるが、まだまだ林間学校が続く以上、逃げ場などありはしなかった。