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第049話 愛想

「ね、黒山君はこういうアウトドアって好き?」

 俺の近くにシートを敷いて座っていた春野が尋ねてくる。

「自分からはやらないが、こうして偶に来るのはいいかもな」

「へー、そうなんだ。でも何か気持ちわかるかも」

「お前はよくやるのか」

「いや、私もあんまり。だから今日みたいな機会ないと来ないかも」

「俺と同じだな」

「そうだね! ねえ、次遊ぶときもカラオケとか行かない?」

「そのときにどうするか考えさせてくれ」

「うーん……いいよ!」

 春野は俺との対話を笑顔で繰り広げ、日高はその様子をニヤニヤと見守っていた。

 俺はというと、今しがた春野に関するあの件を考えていたこともあってあまり明るい気分でいられなかった。


 そうそう、かつて日高は、春野が俺に興味あるという意味のことを言っていたな。

 聞いた当初は寧ろ日高の方が気に掛かって意識してなかったが、よくよく考えてみるとおいそれとは信じられない話である。

 まず前提として、俺は基本的に人から相手にされないような存在だ。

 この高校に入ったときも安達が関わってくるまではまともに話すクラスメイトなどいなかった。

 一学期の終わりにやったクラスの打ち上げのときも、春野とのことを追及されるかもと身構えていたらクラスの誰からも話しかけられることなく終わった。俺にとっては朗報だが。

 そのぐらい存在感が希薄な俺が、校内でも有名な存在に関心を持たれるというのがまず不思議だ。


 それだけでなく、俺は春野を襲う被害を途中まで見過ごしていた。

 詳しくはさっき語った通りであり、そのことを踏まえれば春野は本来俺を憎んでもおかしくないのだ。

 俺を憎悪するという意味で俺に関心を持つのなら理解もできるのだが、春野はそのことに構わず俺に「ありがとう」と述べ、以後も俺の方へ積極的にお喋りをしてくるのである。

 俺からすれば果てしもないお人好しであり、王道タイプの主人公さながらの存在にも思えた。


 それを思うと、春野は単に俺へ本来感じる必要のない恩義を感じ、俺への交流を通して恩返しでもしようとしているのではないか。

 そのためには俺のことを知る必要があり、機会があれば俺のことを探っているに過ぎないのではないか。

 日高はそのことを俺に興味あると認識しているだけで、実際は春野の途轍もないお人好しっぷりに端を発した行動なのではないかと思えてしょうがない。

 うん、そうだよな。主人公がモブに興味を持つわけない。

 そんなこと、俺の理想のモブ生活を踏まえたらあってはいけないのだ。


 気持ちをそうして切り替え、改めて春野の相手をする。

「ね、今日のカレー美味しくなかった?」

「ああ、天にも昇る心地だったよ」

「そこまで⁉ 実はカレー大好き?」

「一日10食摂るぐらいには好きだな」

「うわー、レベルが全然違う」

「なーんてな」

「え、また冗談⁉」

 毎度面白いぐらいに冗談に引っかかる春野。コイツの将来が段々心配になってくる。

 俺へ借りを返すために俺のことを色々と調べてくれるのなら、俺も誠実に答えるべきなのだろうが、ついついコイツの反応が楽しくてこう言ってしまう。

 日高はそんな俺と春野を見てずっと微笑んでいる。会話に混ざらなくとも充分楽しんでいるように思われた。

「ねー、少しは真面目に答えてよ」

「すまんすまん、次からは嘘吐かないって」

「ホントに?」

「すまん、それも嘘だ」

「え?」

「いや、やっぱ本当に真面目にやる」

「え? え?」

「と見せかけてやっぱ嘘も吐くと思う」

「ゴメン、何が何だかわかんなくなってきた……」

 俺も自分で何言ってるかわからんが春野はもっとわかんなかったらしい。

 あれ、何か春野の目が渦巻きみたいな形してない? 頭からプスプス音を立てて煙が出てきてない?

 目の錯覚か古典的なマンガ的演出が春野から見えてきたところで日高が介入してきた。

「あーあー、もうしっかりして」

 と、日高が春野の背中をバンっと叩く。うお、結構乱暴な気付けだな。昔のテレビの直し方はこんなんだって聞いたけどそれを生で見た気分だよ。

 春野は「はっ」と叫んで周りをキョロキョロ見渡した。

「正気に戻った?」

「え、あ、うん」

「黒山もあんまリンカをからかわないでね」

「ああ、ゴメンな」

「え、い、いいよ、気にしてないから」

 そうは言われましても、さっきの反応を見ると冗談は程々にした方がいいなと思いましたよ。


「ところで、お前らもさっきの食事の時間は随分楽しそうだったな」

「あ、あの写真見てくれたの」

「加賀見と安達に無理矢理な」

「へー」

「でも、その後黒山君とあの子達で仲良く写真撮ってたね」

「それも無理矢理だな」

「あー、だからあんな仏頂面だったの」

「愛想で笑顔を作るのはどうにも性に合わなくてな」

「あはは、正直だね」

「いつも笑顔を振りまいてる春野の真似は一生できなそうだ」

「えー、そんな意識したことなかったけど、私いつも笑ってるの?」

 気付いてなかったんかい。その笑顔が天然物だったとは、底抜けに明るいキャラだなオイ。

「笑ってるよ、四六時中」

「え、サツキ?」

「寝てるときでも笑ってるからちょっと怖いぐらいだよ」

「ホントに⁉」

「私が今までリンカの寝顔を見た限りでは、笑ってない方が記憶にないかな」

「えー……冗談じゃないんだ……」

 自分の寝顔について真実を知らされ、春野は少々声を落とした。それなりにショックなようだ。

「まあいいじゃないか、常に不機嫌顔になるよりは」

「いいのかな、それって。何となくバカにされてるようにも思うんだけど……」

「気のせいだろ」

 本当にバカにしたつもりはないんだが。

「まー、笑顔がリンカのチャームポイントだと私も思うし」

 日高もフォローに回る。ここは長年春野と付き合いのある幼馴染様に任せるか。

「サツキ、さっき私の寝顔怖いって言ってなかった?」

 早くもフォローが瓦解しそう。アレ、これ大丈夫?

「え、そんなこと言ってないよ。聞き違いじゃないの?」

「じゃあ何て言ってたの?」

「ちょっと可愛いぐらいだよとは言ったかな」

 いや、俺の耳にも「怖い」って聞こえたんですが。でもここは黙っておく。

「……そういうことにしておくよ」

 何かを悟ったように折れる春野さん。日高も手慣れたものだと感心させられた。


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