第048話 内緒
飯盒炊爨の時間が終わり、改めて宿泊先へと戻っていく。スケジュールの都合故か戻りはバスが利用された。
宿泊先へ着いた後は自由時間となった。一応宿泊先の施設より外へ出なければOKという緩いルールが布かれており、生徒達はそのルールの中で外の景色を楽しんだり、他のクラスの友達などと交流したりしていた。
俺は安達と加賀見と出会わないように素早く人気のない場所へ移ることに成功した。
バスに乗るときに二人と離れ、同じクラスで同じバスに乗っていた安達の目を何とか搔い潜りここまで来た。加賀見の観察は一旦休憩。アイツと四六時中一緒にいたら身が持たん。
ちなみに二人からはメッセージで「どこ行ったの?」「さっさと居場所教えろ」と来たので、俺は「しばらく探さないでください」とお願いした。後が怖いけどそれは未来のことだし、とにかく今を楽しまないと!
さあ自由時間を文字通り自由に使わせてもらおうと、腰を下ろせる場所を探していると
「あ、黒山君」
「おー、ここにいたんだ」
聞き覚えのある声がしたので振り返った。
そこには何故か二人だけで行動している春野と日高がいた。あれ、ひょっとして二人だけの時間をお邪魔しちゃった?
「加賀見さんと安達さんはどうしたの? さっきまで一緒だったんでしょ」
「お、おお、自由時間ってことで各自思い思いに過ごすことになってな」
「『黒山君どこかで見なかった?』って加賀見さんと安達さんからメッセージ来たんだけど」
「……」
そりゃそうだよな。
「なあ、ちょっとお願いがあるんだが」
「どしたの?」
「俺がここにいるってこと、奴らには内緒にしてくれないか。偶には一人で過ごしたくて」
「「あー……」」
春野と日高が妙に納得したような反応を見せ、互いに顔を見合わせる。ん?
「うん、いいよ」
「しょーがないなー」
二人とも快諾してくれた。ああ、今の二人に後光が射して見える……。
「ありがとう。マジで助かる」
「ふふ。でもさ、代わりに私達とちょっと一緒に行動しない?」
「へ?」
日高さん?
「うん、私もそうしたい。一人で行動したい所悪いんだけど、ほんの少しでいいからさ」
春野が自分の顔の前に手を合わせてきた。
ほんの少しかー……。まあ、変に断るとアイツらに居場所をバラされて結局アイツらに付き合わされるかもしれないし、それならこの二人との行動の方がマシだ。
「ほんの少しでいいなら」
とりあえず了承した。
「ありがと! よろしくね」
「じゃ、ここらでちょっと座る場所探そうか」
俺は春野と日高の三人で行動することになった。考えてみればこの組合せで行動するのは初めてのことだった。
「ここら辺にシート敷こっか」
「うん」
ここら辺は宿泊先からそれなりに離れた、木の少ない野原に当たる。距離に加えて宿泊先からは見えづらい位置にあるので他の生徒達の数は少ない。
ここで俺達三人は各々座るためのシートを敷き、そこに腰を下ろした。
「いやー、のどかだね」
「ホント、ゆっくり寝られそう」
春野と日高はこの場所を早速堪能している。
「何でこんな遠い場所まで来たんだ?」
「あー、ちょっと林や人目の少ない所で休みたくって……」
「?」
「前のことがあってさ、ああいう薄暗い森林とか少し近寄りづらくなっちゃって」
「そういうことか……」
春野にとっては今でも前あった出来事に纏わるような要素がトラウマになってるわけか。
確かに林間学校というだけあって宿泊先は近くを林で囲っている。今いるここはそれらの木々が少なく、草原が広がっているような開けた場所だ。
「人目っていうのは?」
こっちは特に前あったことと関係ないように思う。
「ほら、リンカはこんな見た目だから、すぐ周りの目を惹いちゃって。偶にそういうのから避けたくなって私と二人で過ごしてるんだよ」
「あはは……」
今度は日高が説明してくれた。その説明に春野が苦笑いした。
春野はどうも自分が校内でも屈指の美少女という自覚が薄いようだが、人からジロジロ見られるというのは理解しているらしい。
そう言えば春野と日高に対してあの計画を実施したときも、その場所は人の目が入らないような所だった。あそこにいたのはそういう理由だったのね。
「だからさっきカレー食ってたお友達とは別行動なのか」
「そういうこと。流石にあの大人数だと静かに休めないからね」
「皆いい子達だからちょっと後ろめたいんだけどね」
体育座りになりながらそう呟くように話す春野。
「いい子達なら、そんな気にすることないんじゃないか。お前らの都合だって考えてくれるだろ」
「うん、私もそう思う。こういうときは甘えて静かな時間を楽しみなよ」
「……そうだね、あまり考え込んでもしょうがないか」
今一つ煮え切らないところも見受けられるが、春野がとりあえず気持ちを切り替えようとしてるのは伝わった。
春野にとって、未だにあのときの傷は完全には癒えていないらしい。
当然といえば当然だ。春野は突然拘束され、その状態で脅しを掛けられていた。
周りには助けを求められる相手が一人もおらず、ただ鬱蒼とした木々が人の目から春野を隠していたのだ。
到底脱出できる状況になくこれからどういう目に遭わされるかわかったもんじゃない状態など、体験したらその被害者には否が応でも一生記憶に焼き付けられることだろう。
ならば、俺にもその咎はあるように思う。
俺はその状況を途中まで見ていたのだ。
あの変質者が決定的な行動を起こさない限り、俺もソイツへ実力行使をできなかったからだ。
あの変質者は清掃員の格好をしており、本当に清掃作業に従事しているだけの可能性も残されていた。
その状況では通報もしがたいし、ましてやストレス発散がてらの砲丸当てなんかできるはずもない。
しかし、今となっては通報ぐらいしてもよかったように思う。
警察は難しくても先生方に報告ぐらいのことをしていれば、その変質者を追い払うぐらいのことは簡単だったろう。仮に無実の清掃員だったとしてもさほどの問題にはなり得ない。
結局俺は春野にかつて話した通り、自分の憂さ晴らしのためにあの変質者を泳がせ春野に要らぬ被害を負わせた。
その結果春野は今でも心に未だ治らない傷を残し、時折あの出来事を彷彿とさせる何かにその傷を引っ掻かれては血を噴き出しているのだ。
今座っている野原にびゅうと風が吹いた。暦の上では夏真っ盛りなのだが、暑さが不思議なぐらい感じられなかった。