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第047話 炊爨

 無事に白飯が炊け、学校側が作ってくれたカレーをよそって味わう。

 普段家の中で食べるカレーが、野外だとまた違った味わいに感じる。

「美味しいねコレ」

「ご飯がうまく炊けてよかった」

 安達と加賀見も舌鼓を打つ。

「俺はお前がてっきりわざと変な風に炊いて俺に無理矢理食わすのかと思ってたよ」

「は? 食べ物粗末にできるわけないでしょ」

 食べ物はきちんと大事にする真面目な加賀見さん。でも俺に対してはその限りではない模様。

「それとも、私の作った料理が食べたかったの?」

 ニヤーっとした笑みを浮かべる加賀見。

「寝言は寝て言え」

「アンタを炊爨したらどんな感じに仕上がんのかな」

 それも寝言か。その割には語気がマジに思えるな。


「ね、ね。今春野さんと日高さんの所、どうなってんのかな」

 安達が話題を変える。

「ん、そう言えば炊爨のときもメッセージ送ってなかった」

「今どうなってんのか聞いてみよーよ」

 あれ、安達。さっき春野の他のお友達に遠慮してなかったか。

 ああ、加賀見が今一緒にいるから少し心強くなってんのかな。加賀見なら大概の奴は相手にならないぐらい怖いから納得。

 安達がスマホを弄り、加賀見も同時にスマホを見る。少しして、「お」と二人の口が開いた。

「すっごい楽しそう」

「いかにもな青春……」

 どうやら春野・日高のグループは立派に明るい高校生活を満喫しているようだと察していたら

「ほら、アンタもメッセージ見なよ」

 と加賀見に促される。何のこっちゃと自分のスマホで確認したら、安達・加賀見・春野・日高・俺の五人が入っているグループチャットに一枚の写真が添付されていた。

 春野と日高を中心に、女子数人がカレーを食べているシーンだった。

 全員が自然な笑顔を浮かべ、カレーを堪能しているのが一目瞭然の絵面だった。

 メッセージは「外で食べるカレー最高!」とのこと。春野程の明るい奴なら常に人生最高の瞬間を更新してそう。これがリア充の力か。


「ね、私達も写真を送り返さない?」

「ん、そうしよ」

 と安達と加賀見も対抗意識を燃やす。よせ、お前らじゃ春野の輝きには敵わない。特にそこのツインテールの方。

 そんな俺の説得(心の中)も聞かず二人は肩を寄せ合ってさっきと同じ調子で安達がスマホを掲げる。

「アンタも入れ」

 と加賀見がここで俺の肩を掴み、一気に引き寄せる。

 あっぶねーなお前。あとちょっとでカレーをこぼす所だったじゃねーか。

「俺は写んなくてもいいだろ」

「少しでも人数多い方が充実してるっぽく見えるじゃん」

 何の見栄だよ。お前そんなの気にする奴じゃねーだろ。

 それと人数で言えば向こうの圧勝だから。俺入れても向こうの半分の人数にも達してねーから。

「はい、いくよー」

 安達が残った手でピースをする。加賀見も併せてピースをする。俺はそんな真似をせずカレーの皿とスプーンを持ったままだった。

 写真の画面内に収まるように三人でくっつき合っているので、加賀見の右肩と俺の左肩が軽くぶつかり合う。

 振り向けばすぐそこに加賀見の顔が見えるぐらい近い。

 ここまでこの女と接近するのは初のことだった。あー鬱陶しい。

 そうして写真が撮れた。安達は満面の笑顔を、加賀見もよく見せる無表情に比べれば幾分か柔らかい微笑みを映し出していた。

「うわ、無愛想」

 加賀見が俺とスマホの写真を交互に見ながら言う。そうだな、俺は無愛想だよ。

 特に最近は誰かさんのせいでストレス貯めることも多いしな。

「それなら榊と一緒に撮ったらより映えるんじゃないか? 連れてくるぜ」

 連れてくる算段は今から付けなければいけないけど、多分ダイジョブダイジョブ。

「え、別にいいよ」

「私もパス」

 安達と加賀見は突然真顔になった。楽しいときに水を差された気分というのが説明されなくても伝わってきた。

 お前らホント王子に興味ないのな。まあ、この前の打ち上げ、いやそれより前からわかってたけど。


 カレーの残りを平らげ、余った時間を引き続き三人で過ごす。

「残りは各自で自由に過ごそうや」

「うん、そうだね。じゃマユちゃん、一緒にどう?」

「こちらこそ」

「そうか、二人とも仲良いな。じゃ、二人で遠慮なく過ごしてくれ」

「黒山君は言うまでもなく一緒にいるよね」

「え、俺の今の話聞いてた?」

「うん、聞いたよ。私達と一緒にいる自由が欲しんだよね」

「何だその新しい解釈は。あと今日だけでも沢山お前らと一緒にいたっての」

「もー、遠慮しなくていいよ。まだ足りないんでしょ」

「お前の俺に対する認識はどうなってんだ」

「ミユ、こういうときは拳をこういう風にして説得すると効果ある」

「お前は何のアドバイスをしてるんだ」

 加賀見が頭と同じ高さに拳を上げる動作をする。うん、人に拳骨を食らわせようとする人の手つきだよね、それ。

 とまあ、そんないつもと変わらない経緯で三人で一緒に過ごす。

 といっても登山して食事もした直後に激しい運動をする気は誰もなく、山からの風景をぼーっと眺めてるだけだ。

「いやー、山って涼しいんだね」

「ホント、登山中でもそれだけが救い」

 この山は湿気が少なく、今日は風も強かった。おかげで運動中に汗がべとつく感じもほぼなく、スッキリした気分で登ることができた。

「アンタも気分はどう?」

「ん、偶には悪くない」

「何だか上から目線」

「そうか? そういうお前こそ気分はどうなんだ」

「今度は皆と登山するのもいいかもって思ってる」

「皆?」

「ミユと、春野さんと、日高さん。ついでにアンタも」

「俺は除外した方が楽しいと思うが」

「大丈夫。私が楽しくさせるから」

「どうやって?」

「そんときに期待してて」

 例によって具体的な事実を教えずただただ嫌らしい笑いを俺に浮かべる加賀見。どうしよう、やっぱ俺そのときに炊爨されちゃうのかな。そしたら春野と日高といった常識人は楽しむどころかドン引きすると思うんだけど。安達? よくわかりません。

「ねえ、全くの勘なんだけど、私に対して失礼なこと考えなかった?」

 と、ここで安達が会話に参戦。え、何でわかるの?

「それホント? ミユ」

「いや、流石に自信はないけど」

「で、ホントなの?」

 加賀見がずいっと俺に詰め寄る。

「いや、そんなことは……すみません」

 状況が悪いと察し、即座に謝罪を実行。

「いや、いいよ。頭上げて、黒山君」

「ったく」

 安達の許可を得て頭を上げる俺は、同時に一つ確信を得た。


 安達こそ加賀見の急所なのだ、と。


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