第046話 写真
「ね、このアニメ見た?」
「いや、見てない。面白いの?」
「私は好き。マユちゃんも見てればって思ってたんだけど」
「なら私も見る」
安達と加賀見はスマホを見ながらそんな会話を繰り広げている。
一応、炊き上がったらすぐ動けるように飯盒を前にしながらのことだが、これいつも学校にいるときと変わらないな。今は林間学校ですよ。
「ここら辺の景色を楽しまなくていいのか」
加賀見のことを調べるため、自分も加賀見達に積極的に話しかけてみる。
「え? ……あー、確かにいい眺めだね」
「ここ来るまでは疲れててあんま目いってなかった」
安達と加賀見が、俺の見ている方へ目をやって改めてそういう感想を漏らす。
ここは山の中腹辺りにあるキャンプ場であり、山の麓の光景が一望できる。草木と遠くの山々が視界の左右一杯に広がる所など、今見逃したらインドアな俺達にとっては当面見る機会が訪れない。
「写真撮ろうか、マユちゃん」
「うん、やろ」
安達は加賀見と並んで山の麓の方に背を向け、スマホを自分に向けて高く掲げた。
そして「カシャ」という音とともに、友人との記録を画像に残す。
「おー、いい感じ」
「こういうの初めて撮ったかも」
二人が今撮った写真をスマホで確認し、楽しむ。
加賀見にとっては初めてか。コイツを最初に見たときも友達らしい友達がいたようには思えず、実際安達がこの高校に来て初めて本格的につるんだ友達のように思ったが、この調子だと小学校や中学校でも友達といえる存在はいなかったようだ。
ただコイツ自身は一人で過ごすのが好きだと明言してたので、その性分が幼い頃から根付いていた可能性も否定できない。
「今度は私のスマホで撮りたい」
「勿論! やろうよマユちゃん」
……今の加賀見を見ていると、一人で過ごすのが好きな性分とはちょっと考えづらいがな。
「アンタはこの風景撮っていかないの?」
加賀見がさっきの安達と同じことを訊く。そんなに気になるもんなのか。
「撮影とかは興味ねーんだよ」
「あはは、さっきもそう言ってたね」
安達が同じことを訊いたからな。
「ふーん、でも勿体なくない?」
「何が」
「こんな風景、今回逃したらもう一生撮れないかもよ」
「だろうな。でも俺は別に惜しいとは思わんかな」
「何で?」
「別に風景なんて、自分の目で見て頭に焼き付ければ充分だろ」
「形に残せば数年後にふと見かけて懐かしい思い出にできるとも思うけど」
「アルバムに綴じるためってか。確かに写真に残すのはそういう理由が多いだろうよ」
「アンタはそういうの興味ないタイプ?」
「ああ。自分のここに必要なもん全部詰められればそれでいい」
俺は人差し指で自分の頭をコツコツと当てた。
「ふふ、随分と自分の記憶に自信があることで」
「お前はどうなんだ。自分のアルバムをどんどん広げたいクチか」
「まあね。風景を機会があれば撮ってたけど、自撮りはしたことなかったな」
加賀見が安達の方に寄る。
「だから、今日ミユと一緒に自分も写ったのは新鮮だった」
「……そうなんだ」
安達の顔が徐々に笑顔に変わっていく。
「ね、この林間学校でどんどん写真撮ってかない?」
「いいね! 100枚ぐらい思い出作ろう!」
加賀見も安達もテンションを上げる。新鮮な空間で新鮮な体験をして、高揚感に包まれているらしい。
それにしても、加賀見は実に安達と仲睦まじく見える。
二人を引き合わせた当初はやることに息が合いつつも、どこか互いに距離を感じるやり取りばっかりだった。
それから少しして互いに苗字呼びをやめて「ミユ」と「マユちゃん」と互いでしか使わない渾名で呼び合うようになり、一学期を掛けて少しずつ距離が縮まってる感があった。
この前の安達家の勉強会においては遠慮らしい遠慮が一切見られなくなり、今や春野と日高の如く、長年連れ添った幼馴染のような深い関係にも映る。
一体この二人に何があったんだろうか?
俺も最初は安達と疎遠になるために、加賀見を安達の新しい友人へと宛てがった。
目論見が失敗してからは二人の仲についてさほど気にしていなかったものの、気が付けば切っても切り離せないような親しい関係へと発展している。
確かに出会って数ヶ月も経っているし、それだけあれば関係がより深くなっていってもおかしくないのだが、こうも順調にいくものなのだろうか。
俺は一緒にいるときに、少なくとも安達と加賀見の二人が喧嘩するのを見たことがない。
趣味がぴったり合ったのは偶然だとしても、それ以外の面でも意見の食い違いからの口論が全く起きないのはどうにも不思議だった。
それに二人がここまで仲良くなったのなら、どうして俺との関係に拘るのか。
加賀見は俺に憎悪を抱いており、俺を苦しめるためにあえて関わっているとのことだが、それが安達を巻き込んでまですることなのか甚だ疑問だった。
以前そのことを指摘したら烈火の如く怒りに燃えていたが、その理由は一体どこにあるのか。
何より安達がそんな加賀見に付き合っているのが理解できない。
安達にすれば当初友達のいない生活が嫌だから、俺と数学係で一緒になる機会に色々話しかけてきていたが、今や加賀見という無二の親友と言っていい存在がいるではないか。
それなら安達が俺へ関わる理由が特にないはずだが、実際は事あるごとに加賀見と俺を関わらせようとしている。加賀見のやることに協力的になっている節があるのだ。
こうも回数を重ねると最早偶然とは思えず、安達も加賀見が俺へ仕返しをしようとしている事情を聞き、その上で協力を引き受けているようにしか思えない。
なら安達は何故ここまで加賀見に協力する?
親友のやることだから? それなら仕返しなんて無駄な時間を使うことより友人水入らずで過ごすように説得すべきじゃないか? 加賀見はともかく、安達にはそんな時間不毛でしかないだろ。
まさかあのとき加賀見を巻き込んだことに安達も責任を感じてるから? 今の加賀見を見るに、安達にまで憎悪しているようには到底見えない。加賀見が安達を憎んでいないのなら、今の今までずっと協力を続ける理由には不充分に感じられる。
結局、加賀見の方を突き詰めないことにはどうにもわからないように思う。
まずは加賀見の調査を続けなければ、と意識を戻した。