第045話 キャンプ場
集合時刻となり、キャンプ場にて飯盒炊爨が開始された。
生徒一人一人に飯盒と一合分の米が支給され、各々で先生方の目の届く範囲で米を炊くという内容だ。
そこで俺はようやく安達から解放……されませんでした。
「なあ、安達」
「どうしたの、黒山君」
「何で俺の方についてくるんだ?」
「え、一緒にやる約束だったでしょ」
一切してねえよそんな約束。捏造すんな。
「加賀見としてたのと勘違いしてるんじゃないか?」
「うん、マユちゃんともやる約束はしたけど、マユちゃんが『黒山ともやる予定を取り付けてきた』って」
「いや、一切記憶にないんだが」
「えー、マユちゃんが嘘吐いたってこと? それはないでしょ」
「奴ならやりかねないと思うが」
「しょーがないなー、じゃあマユちゃんに直接確かめよう」
「おお、そうか。なら俺はこれで」
「え? ダメだよ黒山君。君とマユちゃんのどっちが嘘を言ってるかわかるまで付き合ってもらわないと」
「え?」
ニコニコ顔でそんなことを宣う安達を見て、もう何を言っても無駄だと悟りました。
上記の経緯によりキャンプ場にて加賀見のいる場所へ向かう俺達。
「キャンプ場の入口近くにいるんだって」
「ほう」
「ここ広いからさ、私達がマユちゃんのいる入口周辺に来た方がわかりやすいと思う」
「そうか」
ということで入口近くまで戻ったところ、加賀見を早速見つけた。
奴は見るからに憔悴していた。
「マユちゃん⁉」
ミユが慌てて駆け寄る。
加賀見の息はマラソンを終えたばかりのように上がっており、脚はその場に立ち止まるのがやっとという具合にプルプルと震えている。
ミユが呼び掛けてもずっと項垂れており、何とか「ミ……ミユ……」と返事をするので精一杯の様子だった。
あれ、何だろう。何か今の状況が痛快に感じる。
「私……やったよ……」
「うん、生きて辿り着けてよかったね、マユちゃん!」
無駄に感動の場面になってるけど、お前以外でそこまで疲労に喘いでる生徒がいねーんだよ。どれだけ体力ないんだお前。
「マユちゃん、肩貸そうか?」
「い、いや、自分で歩く。ただ、あと少し休憩させて……」
そう言ってその場に留まる加賀見。後何分こうしてればいいんだろうか。
「それでマユちゃん、確認したいことがあるんだけど」
10分ぐらいしてようやくいつもの調子に戻ってきた加賀見に安達が話を切り出した。
「どうしたの?」
「黒山君が一緒にご飯作るって約束してないっていうんだけどそれって本当?」
「え、確かにしたと思うんだけど」
「いつしたんだよ」
「ほら、昨夜電話口で」
「そのときは本読んで寝てるだけだったな」
「そんな……昨夜のことなのにもう忘れちゃうなんて」
「信じられないなんて面持ちで話すな。こっちがそうしたいぐらいだ」
「黒山君、よーく思い出して。マユちゃんの方が記憶違いなんてこと、あるわけないから」
「お前は加賀見の何なんだよ」
安達、お前さては真相を知ってて加賀見に便乗してるな。
さてどうする。完全な言い掛かりだけれども、加賀見と安達がグルになってるんならまず逃れきれないか。
つまりはいつもと同じように奴らとのイベントに強制参加か。もういい加減このパターン何とかしたい。
だが、よくよく考えてみればコイツらと、正確には加賀見と一緒に行動するのも後々役に立ちそうな気もする。
今まで安達・春野・日高との会話なり遊びなりに付き合わされてきたパターンにおいては、全て加賀見が背景にあった。
例えば加賀見から俺へ積極的に話を振ってくる、無理に断ると安達が突然泣き出したときのように加賀見が大変厄介なことを仕掛ける恐れがある、といった具合だ。
俺が女子達との付き合いを断つためには、加賀見への対処を最初に講じなければならないと度々考えるのはそういう事情があるからだ。
となると、加賀見への対処を講じるためには加賀見の為人をより深く調べなければならない。
奴の性格や行動パターンなどを知ることによって、奴の弱点やその手掛かりになるような情報は必ず掴めるはずだ。
その弱点を首尾よく俺との絶縁に利用できれば、最終的に俺は女子四人に俺という男子一人という特異なグループから抜け出せ、晴れて入学当初のときのようなモブ生活に戻ることができる。
いずれにせよ加賀見をはじめとした女子達との馴れ合いは続けることになる。ならばいっそ加賀見のことをよく知るいい機会と思って事に臨むしかない。
せめて今の状況を、自分の望みを達成するための布石と捉えよう。
「……あーあー、思い出したよ。一緒にやるか」
そう言うと加賀見も安達も「してやったり」とばかりに顔を綻ばせた。
「じゃ、マユちゃんもお米と飯盒貰いに行こ」
「うん」
俺と安達は既に貰っているが、改めて加賀見の分も貰いに三人で支給される場所へ向かうことになった。
炊爨に必要な火起こしについて、基本的には先生方の目の届く範囲でやることになっており、その範囲内であれば生徒達で独自に作業していいとのことだ。
必要な材料一式は飯盒やお米と同じ場所で先生方から頂戴し、自分達での作業が難しいようであれば対応可能な先生方に代わりにやって頂けるらしい。もっとも、火起こしを恙なく行える教師も限られているようで、その教師については火起こしを依頼する生徒達が列をなして待っていた。大変そうですね。
俺達はというと、
「いやー……すごいね、黒山君」
「意外」
俺が火起こしの作業を一手に引き受け、現在俺達の目の前には3つの飯盒が焚き火の上で炊かれていた。
「黒山君、キャンプとかよく行くの?」
「いや、プライベートじゃ全く」
「じゃあ何でこんな軽く火起こしできたの? 知識のない私から見ても手際いいって思ったよ」
「周りにいる人達がやってるのを見様見真似で」
「え⁉」
先に言った通り、火起こしをする場所は一定の範囲に集中しており、火起こしを行っている生徒や先生は何人も集まっていた。その人達の作業を横目に見ながら参考にしていたら、存外あっさりできた。一応事前に配布されてた火起こしのマニュアルもあったことだしな。
「アンタその気になれば何でも真似できるんじゃない? スリでもピッキングでも」
「何で具体例が犯罪絡みオンリーなんだよ」
丁度いい。ここいらで加賀見を観察して弱点を探っていくとしよう。