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第044話 リフレッシュ

「何の話だ」

「だって、困ったことが起きても春野さんが何とかしてくれるって思ったんでしょ」

「ああ」

「それって春野さんがそれだけ優しいし、それだけ有能ってことじゃん。じゃなきゃそんな言葉出てこないよ」

 言われてみれば、一理あるようにも思う。

「そう言うお前は春野のことどう見てるんだ」

「黒山君とそう変わらないよ。あんな明るい子と会ったのは初めて。あの子と話してると、こっちまで何だか元気を分けてもらったように明るくなれる」

 春野を知らない奴にはオカルトじみた表現に感じるだろうが、俺も春野を見てきてる以上安達の言いたいことは何となくわかった。

「そんなこと思ってるの私だけかなって思ってたけど、黒山君も春野さんに対して似たような印象を持ってるってことかな? さっきの話を聞いててそう思っちゃった」

「……さあな」

 春野が周りに影響与えるぐらい明るい性格というのは同感だが、細かい部分の印象は違うんじゃないか。

 何せ俺よりも安達の方が春野とより頻繁に接しているのだ。

 一学期中は業間休みで俺よりずっと春野との会話の量が多い。

 業間休みだけでなく、下校時も偶に女子四人で一緒に帰っていたという。

 加賀見は一体どういう企みがあるのか、登下校に限り俺を巻き込もうとはしないのでその分安達の方が春野との交流が多いのである。


「……時々私なんかが春野さんと関わっていいのかなって思うこともあるよ」

 安達が再び歩いている方向へ視線を戻した。ちょうど大きな曲がり道に差しかかった所だ。

「ん? どういうことだ」

「そのままの意味だよ。私は別に何の取り柄もない、人よりもうまくコミュニケーションを取れない人間だからさ。春野さんみたいな輝いてる人とお喋りしてて気後れすることもあるんだ」

 安達の歩くペースが少しだけ遅くなった。

「私ももっと春野さんと釣り合う人間になりたいって思うことあるけど、どうすればいいかわかんないし。何とかこんなネガティブな思いは忘れようともしたけど、やっぱちょっと難しいみたい」

「……」

「黒山君は、そんな思いをしたことってある?」

「……ねえな。俺にとっては自分が楽しけりゃそれでいい」

 安達に合わせて俺もペースを落とした。

「ふ、黒山君らしいね」

「らしいって何だ。お前こそいつも俺に対する強引な雑さはどこ行ったんだ」

「あんなの黒山君だからできるんだよ」

「嬉しくねえ……」

 コイツも大分加賀見に毒されてるみたいだな。社会に出たときエラい苦労することになるだろうよ。

「でも、そういう態度を春野に取れば春野とももっと親しくなれそうだけどな」

「……」

「もう何回も顔合わせてんだろ。加賀見を相手にするくらいフランクに接しても春野も日高も気にしないと思うぜ」

「……もうちょっと時間は欲しいかも」

「さいですか」

 煮え切らない奴だこと。

 俺達は、しばらくの間ゆっくりしたペースで歩き続けた。


 ゆっくり歩いてるとはいえ流石は山道。コース全体の半分ぐらいを過ぎた(と思われる)場所にていよいよ息が上がってきた。

「ね、ちょっと休むのはどう?」

「イイネ」

 安達の提案に賛同する俺。丁度休憩できるような屋根と椅子が置いてあり、生徒達が何人か既に小休憩を挟んでいた。

 安達と俺で同じベンチに並んで腰を下ろす。少し痛くなってきた足をブラブラさせて疲れをリフレッシュさせる。

 視線の先には山の上からの風景が一杯に広がっていた。

 視界の上の方には昔から威風堂々と居座っているであろう壮大な山々の上に真っ白な雲の数々がぷっかりと浮かんでいた。小さな雲の行く先を山が遮り、青と白と緑のコントラストを独特に描く場所も見られた。

 それらの下には山の坂なり崖なりが広がり、そこに様々な草木が賑わっていた。

 雲の多い晴れの日にはこんな光景が見られるのか、と人生で初の経験をした。

「うわー、いい眺め」

「スマホで撮ってもいいんじゃないか」

「あ、そうしよ」

 安達はバッグの中からスマホを取り出して早速カシャっと音を鳴らした。

「黒山君は撮らないの?」

「写真撮るのも撮られるのも興味なくてな」

「へえ、それなのによくスマホでの撮影なんて思いついたね」

「家族は普通に旅行で撮影してるの見てるからな」

「あー、そっか」

 安達は撮った画像を確認していた。

「うーん、やっぱ肉眼で見た方が迫力違うね」

「登山趣味の人ってこういうのが見たくてやってるんかね」

「そうかもね」

「俺は足がこんなんなるならゴメンだが」

「……私も一回やれば十分かな」

 俺も安達も足をブラブラと遊ばせていた。明日の筋肉痛が怖い。


 安達がスマホの方を見てぼやく。

「集合時間、後30分ぐらいだね」

 集合時間には山の上の方にあるキャンプ場へ辿り着いていなければならない。もしアクシデントが生じて辿り着ける見込がない場合は、近くの先生方か林間学校のしおりに書かれた電話番号へその旨を連絡するようにとのことだ。

「予定より30分ぐらい遅れそうですって伝えてまだまだ休んどくか」

「いやそれ理由は何て伝えるの」

「安達がこれ以上歩くのヤダってごねるんですって言って」

「殴っていい?」

 安達の目から光が消えていく。あれ、こんなの前にもあったな。あ、体力テストのときか。でもそのときと違うのは、右腕を上げて拳を見るからに強く握りしめてるって点だね。

「お前ももう少しゆっくりしたいだろ」

「恥ずかしい思いまでしてゆっくりしたくないんだけど」

「旅の恥は搔き捨てっていうし大丈夫だって」

「なら黒山君がごねる方やったら? 私の方から連絡するよ」

「いや、俺はそういうのはちょっと」

「マユちゃん、あの技私にも使わせてもらうね」

 安達が何やら呟きながら見覚えのあるモーションに入る。何だろう、加賀見から食らってきた猫騙し的な技と同じ気配を感じるんだけど、まさか安達もその使い手なのか。

 このままでは流石にまずいと思ったので

「すみませんでした」

 即座に謝罪した。人間賢く生きないとね!

「……もう。じゃ、そろそろ行こっか」

「ああ」

 そして俺達は残り半分の山道も消化し、キャンプ場へ辿り着いた。その頃には大半の生徒が既にそこに集まっていた。


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