第043話 山道
九陽高校の一年生は夏休みにおいて林間学校へ参加することになっている。
ハイキング、飯盒炊爨、キャンプファイヤーなど普段学校でも家でもやることのない催し物の数々に胸を膨らませる学生が少なくないように思う。
俺の場合、貴重な一人の時間がなくなってしまうので楽しいとは思わんのだが、学校行事なので仕方なく参加するスタンスだ。
俺達一年二組の生徒達を乗せたバスは現在林間学校の舞台へ向けて高速道路を走っている。
一般道であればあまり通らないような高い橋の上にて、鮮やかな緑に萌えた山々を眺めながら爽快に駆け抜けていく風景は嫌いではない。バスに揺られながらそんな風景を窓から眺め、ラノベやスマホで時々暇を潰していた。
隣の席には名前も知らない男子が座っている。
席決めは基本出席番号順に割り振られており、こうして普段関わることのないクラスメイト達が隣同士になることも間々ある。
隣の男子も前の方に仲の良い男子が座っているらしく、談笑しているのが耳に入っていた。
安達が隣の席じゃなくてよかった。奴だったら俺がどんなに無視しても話しかけようとしてきただろう。
それでも無視を続けたらまたいつぞやのような泣き落としを仕掛けるか、加賀見にチクって加賀見が俺を泣かせに来ていたに違いない。
しかし一旦バスを降りれば安達をはじめ、今まで関わってきた女子達が今のようなモブらしく過ごせているこの時間を邪魔しに来ることは容易に想像された。どうしてこうなったんだろう。
とにかく奴らの行動を想像し、かち合ったときでも一緒にいる時間を少しでも減らせるよう頑張るしかない。
さもないとストレスで体がおかしくなりそうだ。
バスが宿泊先に到着し、俺達は山の上を目指してハイキングすることになった。
一般的な男子高校生なら歩いて30分ぐらいで着く距離であり、1時間以内に自分のペースで登るようお達しがあった。
自分のペースで無理なく登れるよう、クラスで列を組んで登るというのはなく、一人一人が好きな形で行動していた。
なので当然友人、時には別のクラスの者とも落ち合って和気藹々と登っていく生徒達がそこかしこに見られた。
さて、早速俺にとっては試練の時間に思えてくるが、こんな時はこのほっかむりで変装を
「あ、見つけた」
しようと思った矢先に安達に発見されました。
「人違いです」
「ジャージに『黒山』って書いてるんですが」
「黒山君に借りたんです」
「へー、君って黒山君にとっても似てるんだね」
「よく言われます」
「じゃ、黒山君の代わりに一緒に登るの付き合ってくれない?」
会話の間ににじり寄られて俺のジャージをキャッチする安達。自然過ぎて全然反応できなかったんだけど何なのこのコ。
「よろしく、黒山君」
ヨロシクされちゃったよ。まださっきの質問に「うん」とも頷いてないのに。
「人違いってこと全然信じてないんスね」
「そんなの信じる人いるの?」
春野辺りは信じそうな気が……いや、それはいくら何でも奴をバカにしすぎだよな、うん。
安達とともに山道を進んでいく俺。
山道といってもなだらかな坂をただ沿っていくだけなのでそんなにキツくはないが、それでも上り坂をずっと歩くのは普段歩かない身に少々応えた。
「そう言えば加賀見達とは一緒に行かないのか」
違うクラスとはいえ、いつものメンバーを探さずに登山を始めた安達にそんな疑問が浮かぶ。
「マユちゃんからは『最後動けなくなると思うから先に言ってて』ってメッセージが来た。春野さんと日高さんは同じクラスの友達と一緒に行くんだって」
加賀見……。
ただそうなるともう1つ疑問が出てくる。
「春野と日高の方は別に合流してもよくないか? お前もアイツらのツレと気が合うかもしれんぞ」
春野と日高が同じクラスの女子と行動していたとしても、安達が一緒に行動しない理由にはならない。
あの二人だって安達が行きたいといえば確実にOKを出すし、必要な紹介はこなすだろう。
少なくとも排他的な扱いはしないはずだ。
「そうだといいんだけどね……。ただ、それでその子達と話が合わずに気まずくなっちゃったら春野さんと日高さんに悪いなって考えちゃって」
安達は行く道をまっすぐに向いたまま答えた。山の木々が道を囲っている。
「アイツらに迷惑掛けんのが嫌ってことか」
「そういうこと。折角できた貴重な友達だもん」
「仮にお前の言うような事態になったとしても何とかなりそうな気がするけどな」
「何でそう思うの?」
何でってそりゃあな。
「どんなに雰囲気が暗くなったとしても春野が持ち前の明るさで何とかしてくれんだろ」
安達・加賀見・春野・日高の女子四人で話をしているときでも、春野の話しっぷりは快活でありムードメーカーそのものであった。
この前の二組の打ち上げにおいてもどうやらその能力は発揮されていたようで、同じテーブル席にいた連中は王子を含めていつも以上に盛り上がっていたように見えた。
そんな春野のいるグループなら、安達が仮に何をやらかそうとも春野が、時には日高が持ち直しそうな気がしたのだ。
俺が春野を主人公と見ている理由は、そんなカリスマ性も一つにある。
「……なるほどね」
安達がうんうん頷く。俺の言わんとする所を察してくれたらしい。
「でも、やっぱり今回はいっかな」
その上で、春野と日高との同行を見送った。
「ん? 何故?」
流石に意味がわからんぞ。
「もう結構山道を登っちゃってるし。今春野さん達がどこまで進んじゃったのかもわからないのに下手に今から合流なんてしようとしたらどっちかがどっちかを待つか来た道を戻ることになるでしょ。それこそ春野さん達に迷惑が掛かっちゃうよ」
「……まあ、お前がそれでいいならいいんじゃないか」
もうこれ以上口を挟んでも仕方ないな、と思った。
「ふふ、だからキャンプ場までよろしくね」
「俺の方は置いてってくれて全然構わないぞ」
「そんなひどいことできないよ。ロープで括り付けてでも連れてってあげる」
「そっちの方がよっぽどひどいんですが」
相変わらず俺への扱いが雑ですね、安達さん。
「それにしてもさ」
安達がここで横を歩く俺に振り返った。
「黒山君、春野さんのこと信頼してるんだね」
ん?