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第042話 打ち上げ

 終業式が終わり、二組のクラスメイトの半数以上および春野・日高・加賀見はファミレスに来ていた。

 王子達のグループの間で二組の教室にいる生徒達を誘って打ち上げをすることは前々から決めていたようで、仮にクラスの全員が参加しても収容できる人数の席予約をしていたそうだ。抜け目のないことで。

「じゃあ、席は各々好きなように座ろうか」

 王子が皆に優しく呼びかける。


「春野さん、一緒の席どう?」

 王子が春野を同じテーブルへ案内する。

 春野は安達・加賀見・日高・俺といういつも二組で一緒に過ごしているメンバーと固まって動いていた。

 したがって俺達が同じテーブルで座って食事を楽しむものと思っていたのだろう、

「え……」

 相手への笑顔は崩さなかったものの声の方に困惑が滲み出ていた。

「あ、勿論よかったらだけど」

 春野の心の機微を察したか王子は一歩身を引く。

 もう一方でも別の動きがあった。

「加賀見さん、安達さん、よかったらこっち来ない?」

 こちらは王子と同じグループでつるんでいる男子の一人だった。王子が着こうとしているのと別のテーブルに案内しているので、普段のグループから別れて各々別の女子を誘うことは内々に決めていたと見てよさそうだ。

 ……これ、俺にとってはチャンスでは?

 春野と日高は王子に、安達と加賀見はまた別の男子達に絡まれている。

 その隙に俺は席の余ったテーブルの方でちんまりと座ってやり過ごせば、皆が盛り上がっているのを横目にラノベでも堪能できる。

 そう思ったときには、俺は既によそのテーブルへと移動していた。

「あ……」

 春野の声が聞こえた気がしたが、今の俺には関係のない事柄だろう。


 こうして各々の座席が決まった。

 春野と日高は王子とその友達のいるテーブルに。

 安達と加賀見はその他クラスの男女がいるテーブルに。

 そして俺は他のテーブルにいるグループに「ゴメン、ここ座らして」と慇懃に頼んで入れさせてもらった。

 うん、収まりがいいね。

 俺は同じテーブルの男子達が話で盛り上がっているのを聞きながら、鞄から取り出したラノベをゆっくり読んでいた。

 別にそれほど腹は減ってないので各テーブルに置かれたフライドポテトなどには口をつけず、また同じテーブルの奴らから話を振られることもなかったので、校内とは比べものにならない程心にゆとりを持って過ごすことができた。あれ、打ち上げ楽しいかも。


 ふと、春野達のいるテーブルに目を向けた。

 春野は流石というべきか、もう同じグループの連中とは馴染んだようで王子の話にも時折笑いを浮かべているようだった。会話の内容は周りの喧噪に紛れ、よくわからない。

 ただ俺の目の錯覚でなければ、春野はチラチラ俺のいる席の方に視線をよこしていた。

 ……さしあたって加賀見達のいるテーブルに目を移す。

 安達は同じテーブルの男子に熱心に話しかけられていた。安達は持ち前の清楚さをその男子の前にも出し、優しく受け答えしているように見えた。

 加賀見は他の男女と話をしているが、動作を見るに「うん」「別に」とかしか言ってないな、アレ。

 俺のときもそんぐらい無味乾燥な対応でいてくれると幸甚の至りなのに、世の中不公平だよな。

 その加賀見も俺の幻覚なのか俺に時折視線をやっているように見えた。ひょっとして俺、自分の想像以上に自意識過剰なのか? モブの分際で。


 そんなこんなで打ち上げも1時間が経過した。

「ねえ、希望者で二次会行かない?」

「次はカラオケとかさ」

 王子やその周りの奴らがそんな提案をする。

「そうだね、行きたい人は手を挙げて」

 今いる二組の連中はほぼ全て挙手していた。

「あれ、春野さんは?」

 王子がまたも春野を指名で確認する。

 春野は笑顔だったが、そこには加賀見がよく俺に向けてやる営業スマイルの面影があった。

 日高は表情を取り繕わず、王子の方へ眉をひそめていた。


「ゴメン、私今日はそろそろ帰らないと」


 春野が優しい声音でキッパリ断った。

「あー、そっか……。ならまた今度行こう」

 王子がそんなことを言うが、今度とはいつの機会のことを言ってるのか俺には理解できなかった。

 まあいいか、俺はこっそりお暇しようとさっさとファミレスを出た。参加費は既に徴収されてるし問題ない。


 この後家にまっすぐ帰ろうか、それとも本屋に寄ろうかと駅までの道中でぼんやり考えを巡らせていると

「黒山君!」

 と春野の声がした。

「おお」

 さっき二次会を断っていたし別に今ここにいても驚きはないが、俺を呼び止めることはないんじゃないか。

「先に帰るなんて薄情なことで」

「しょうがないよ、黒山君だもん」

「こりゃ目が離せないね」

 他の女子三人も春野の後ろからゆっくり歩いてくる。

「一緒に駅まで帰ろ?」

 そういう春野の願いを例によって加賀見の前で突っ撥ねるわけにもいかず

「……ああ」

 とだけ返事した。


「今日は楽しかったか」

 俺の隣について歩く春野へ訊いてみた。

「そうだなー、普通?」

「何とも言えん評価だな」

 どっちかっていうとマイナス気味の評価にも取れる。

「黒山君が同じテーブルにいたらもっと違ったかも」

「やめてくれ」

 あの美男美女が席を同じくする一番目立つテーブルで俺にどうしろってんだよ。

「でも黒山君もいつもと変わらずだったね」

「え?」

「だって席の隅っこで本読んでたじゃん。私達が話をしてるときと同じ」

「ああ……」

 どうも春野が視線をよこしていたのは気のせいではなかったようだ。

「コイツはこういう奴なんでしょ」

 加賀見がやれやれとでも言いたげだ。なら俺の方からも訊いてやるよ。

「お前はどうだった?」

「早くこのメンバーだけで固まるか家に帰りたかった」

 清々しいぐらい正直な本音だこと。

「あ、あはは、まさか私達がバラバラになるなんて思わなかったよね」

「ホントだよ、何アイツ」

 コイツらからすれば、あのイケメンに対しては何も魅力に感じないどころか鬱陶しく思っているようだ。

 見た目や雰囲気につられないという意味では美点といえよう。


 それにしても、王子があそこまで春野にお熱とはねぇ。

 あんな誰から見てもわかりやすいアプローチを取ってくるところなんて初めて見たぞ。

 大方一学期の終わりっていう誰も彼もが浮かれる事態に乗じて春野に接近する好機と思ったのかもしれんが、今の春野を見る限り成就する可能性は相当に低い。

 そりゃそうだ。今までまともに接点を持ってないんだから。

 王子だってわかってるだろうにこうして多少強引にでも春野と交流を持ったってことは、次に繋げる狙いでもあったのだろうか。

 それならそれで大いに結構だが、俺にはとんでもない長期戦の様相になると予感した。

 まあ、春野と王子はある意味釣り合ってるとも思うしかつては俺も二人の恋愛展開を期待した側だ。

 王子が春野と結ばれるならそれはそれで構わない。

 俺としては今はもう少し加賀見への抑えに春野との関係を続けたいところだが。

「ね、夏休みのどこかで五人遊ぼうよ」

「うん」

「今度は他の奴ら抜きで」

「異議なーし」

 どうも五人でどっか行くことは避けられないらしい。


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