第004話 安達弥由
黒山君が私の友達作りについて策があると言ってから数日後。
未だに彼から話の進展がなかった。
私の高校デビューは(自業自得ではあるが)友達0人という結果に終わり、クラスの皆がそれぞれ友達と盛り上がっているのを後目にどうやって暇潰しするか考えるばかりになった。
中学校のときは幸い周りがとても優しく、私にどんどん接してくれたお陰で寂しい思いをすることなく楽しく過ごせたが、高校ではそう都合のいいことが続かなかった。
いや、周りのクラスメイトが冷たいわけじゃない。
自ら積極的に話しかけられない私に原因があるのはわかっているのだが、それでも周りに前からの知り合いが一人もいない中、どうしても気後れしてしまう。
ただ、奇しくも私と似たような状況の男子が同じクラスにいた。
彼はいつも自分の席で本を読んでおり、泰然としていた。
一人ぼっちでいることなど全く気にしない様子で、今の状況を楽しんでいるように見えた。
私にはあんな堂々とするのはちょっと難しいかな……。
高校を早く卒業できないかなと思いつつスマホでニュースとか見てた私に、ある日男子が私を呼ぶ声がした。
「えーと、安達? だったかな」
「ん、え、は、はい」
その男子は例の一人でいることの多い彼であった。
急に話しかけられたことに驚いてしまい、返事がうまくできなかった。
どうやら先日に決まった数学係としての仕事が入ったらしく、プリントを運びに職員室まで行かなきゃいけないとのことだった。
数学係という言葉を聞き、彼が係の欄で私の横に書かれていた「黒山胡星」という名前であることを思い出した。
初めての数学係の仕事は、悪いことに黒山君に引っ張ってもらっていた。
職員室に入って山岸先生はどこにいるか近くにいた先生に伺い、挨拶もきちんとこなし、私はそれについていくのに精一杯だった。
自分は役立たずなのかと少し自信を失いかけたが、それはそれとして前から彼に対して気になっていたことを訊くことにした。
「黒山君って一人で過ごすのが好きなの……?」
そう訊くと黒山君は質問の意味を掴めないと言わんばかりに戸惑いの表情を見せた。
こういう、向こうから話しかけられて一緒に仕事するような機会がなければこんなことは訊かなかったと思う。
その表情を見て訊いたことを少し後悔したが、今更後には引けなかった。
「どっちかって言うと好きだな」
そうかー、やっぱ好きで一人でいるのかー……。私とは感性が違うんだろうなぁと思っていたら、今度は黒山君から私が普段一人で何かしていることに疑問を呈してきた。
やっぱり訊かなきゃよかったかなーと思いつつ、観念してこれまでの経緯を話すことにした。
それからしばしば数学係の仕事で黒山君とは一緒になった。
黒山君に対しては特に苦手意識はなくなり、積極的に私から話しかけるようになった。
あの、自分でもあまり思い出したくないこの学校で一人になった理由を話した相手だと思うと、何だか気兼ねしなくなったのである。
それと黒山君と話すのが楽しかった。黒山君は少し迷惑そうにしてたけど。
なので教室では会話せず、これまで通り個々で時間を潰すという形を続けることで黒山君のペースを尊重してきた。
そうして高校生活も悪くないかもと思い始めたある日、黒山君から切り出した。
「お前、クラスの女子達と仲悪いのか」
最初は何でそんなことを訊くのかわからなかったが、とりあえず自分の思ってることを正直に答えた。
その後黒山君の話を聞くに、どうも悪意はなく、単純に私がクラスで女子の友達を作った方がいいと思っているようである。
友達が欲しくないと言えば、嘘になる。
でも、自分に原因があってそれを直せないならしょうがないじゃん。
私は今の状況でも悪くないし。
そんな気分を黒山君にぶつけたら彼から策があるから時間をくれと言われた。
そして現在に至る。
私はスマホを見て次の授業が来るのを待っていたが、男子が横切った際、私の机の上に紙切れが落ちるのが見えた。
その男子を見ると黒山君だった。彼は何食わぬ顔で席に着き本を取り出した。
何となく策の件で私に宛てたのだろうと直感し、二つ折りになっている紙切れを開いた。
「今日の16時に校舎裏へ来てほしい」
一瞬告白されるのだろうか、と思った。
でも、一人が好きな黒山君がそんなことしないだろうと思い直した。
人目のない場所で策とやらを私に教える算段なのだろうかと色んな想像が頭を巡ったが、彼に迷惑を掛けてる分付き合おうと思い、来ることにした。
時間になり、私は校舎裏にやってきていた。
丁度校舎が太陽に向かって壁となり、日陰が辺り一面を覆う薄暗い場所だった。
黒山君が先に来ているか探してみたものの、全く人の気配がない。初めて来たがここまで人気のない所とは知らなかった。
彼がここで結局何をするつもりなのかわからないが、なぜか嫌なことにはならない予感がした。
とりあえず、彼が来るまで待つことにする。
校舎の壁に寄りかかり、スマホをいじって時々校舎裏へ入る道の方へ目を遣ると、そこに人が入ってきたような影が見えた。
黒山君かと思い注目してみると、校舎裏に来たのは別の人物だった。
その女子はマスコットのように見えた。
烏の羽が濡れたような艶やかな黒髪をツインテールに結び、私より頭一つ分は低い背丈の少女。 その子の目は半開きになっており、怪訝な表情で私を見ていた。
一体誰だろうと思ってこちらもついつい目を向ける。するとその少女は口を開いた。
「えっと、あなたが安達さん?」
「え、何で私の名前を知ってるの」
心に思ったことを反射的に問い返してしまった。
「え? いや、あなたが私をここに呼んだんでしょ」
「え?」
事態についていけず「え」としか言えない私に対し、少女は制服のスカートにあるポケットへ手を突っ込み、そこから一枚の手紙を取り出して私に広げて見せた。そこにはこう書いてあった。
――――――
突然の手紙で失礼します。
大事な話がありますので今日の16時に校舎裏へ来て頂けないでしょうか。
一年二組 安達弥由
――――――
「え⁉ こんなの私書いてないよ」
何これ⁉ 全く心当たりがない。筆跡だって私のとは似ても似つかない。
一体誰がこんな事を……って、思い当たる人物は一人しかいなかった。
「そりゃそうだろ」
こちらの様子を今まで見ていたかのように丁度いいタイミングで会話に割り込むのは黒山君だった。
彼は頭を掻きながらおもむろに私ともう一人の少女の方へ歩いてきた。
「誰?」
「黒山君、説明してくれない?」
私と少女が同時に黒山君へ問い質す。彼は何でもないことのように言った。
「簡単な話だ。お前らボッチ同士仲良くやれるんじゃないかって思って引き合わせた」
「「はい?」」