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第037話 奢り

 一学期の期末テストの結果が全て返ってきたその日の昼休みのこと。

「いやー、お疲れ」

「今回もそこそこ満足」

 安達も加賀見もやり切ったと言わんばかりの反応で弁当を食べている。この二人普通に学業成績優秀だよな。平均止まりの俺も見習わなきゃ。

「アンタもオール平均点おめでとう」

「そりゃどーも、オール90点台」

 俺より成績良い加賀見様よりお褒めの言葉を頂いたので熨斗(のし)を付けてお返しする。コイツ学年で10位以内に入るのはほぼ確実だな。その優れたオツムを是非平和のために役立ててくれ。

「それにしても日高さん、大丈夫かな」

「今日の業間休みも来なかったし、ちょっと心配」

 春野と日高は、今日こちらの教室にやってこなかった。いつも通りのペースではあるのだが、今日は特に4限で数学のテストが返却される予定だったので、日高が緊張しまくり「ゴメン、今日はただ祈らせて」と来るのを控えたのだった。苦しい時に神頼みしたってどうにもならんと思うぞ。

「もうテスト結果帰ってきてるんだよね……?」

「そのはず。それなのに連絡ないのが……」

 二人も顔に少しずつ陰が出てきた。

 と、そこで安達・加賀見・俺のスマホに通知が入った。


 スマホを開くと春野より新着のメッセージが届いていた。

『サツキ、数学の点数セーフだった! みんなありがとう!』

 そのメッセージは安達や加賀見にも共有され、「おめでとう!」「一件落着」と日高を祝う返信が送られていた。俺は「おめでと」とだけ返しておいた。

『皆、今回は本当にありがとう。前言ってた奢り、今日の放課後でいい?』

 と日高からメッセージがあったときは何の話かと思ったが、少しして俺がボソっと言った件かと思い出した。

 俺はすっかり忘れてたから、自分から言わなきゃ少なくとも俺には奢らずに済んだだろうに、どうも彼女はお人好しらしい。

 だからこそ、春野が本気でキツかった時期にずっと支えてきたんだろうな。


 放課後に日高・安達・加賀見・春野・俺の五人で集合となり、駅の近くまで歩いていった。

 誘いを断る? 加賀見をどうにかしない限り無理に決まってんだろ。

「何奢るかってもう決めてんの?」

「うん、任せて」

「うわー楽しみ」

 女子達が期待に寄せてテンションを上げている。

 日高には悪いが加賀見の期待を大きく外すようなものをプレゼントして、奴が失望に沈む顔を一度見てみたい。

「ね、黒山君は成績どうだった?」

 春野が俺の隣に来てそんな質問をしてきた。

「別に、全部50点ぐらいだったよ」

 今回の全教科の平均点がそのぐらいだからな。

「へーそうなんだ」

「お前はどうだ。て言っても、その調子だと悪くないみたいだな」

「ふふ、おかげさまで」

「お前のテスト勉強には役立ってないが」

「おっと、そうでした」

「それにしてもスゴいよな、今回化学で赤点取ったやつ100人超えたってさ」

「え、そんなに⁉」

「いるわけないだろ」

「えー……」

 いたら化学教諭に色んな意味で責任がいくレベルだろ、それ。

「何か君の言うこと全部疑ってかかった方がいい気がしてきた……」

 春野の瞳に心なしか濁りが出てくる。一体誰がこんな純粋な少女をこんな目にさせたのか。

「おう、俺みたいな悪い奴に引っかかんなよ」

「君が言うことじゃないよね」

 春野とそんな他愛のない会話をしながら、やがて駅まで辿り着いた。

 しかしこうして休日だけでなく放課後も一緒に行動することがあるなら、変装道具を通学鞄に忍ばせた方がいいな。


「何かこういう所でアイス食べるの久しぶりかも」

「ん、美味しい」

 日高が奢ったのはアイスクリームでした。

 駅の近くにある専門店で好きなメニューを選び、頼んだ分の代金を日高が後でまとめて立て替えてくれた。

 なるほど、今の本格的に暑くなってきた時期にはピッタリだ。

「お金、大丈夫だったのか」

「勿論。指導料だと思って割り切るよ」

 いつもの磊落(らいらく)な調子の日高を見て、心配は要らなそうと思った。

「黒山はどうだった? 甘い物って好き?」

「まあ、偶には食べるぞ」

 俺は無難にバニラにした。変に冒険はしたくない。モブですから。

「で、今後もテストで助けは必要そうか」

「んー、今回の手応えだと多分もう充分かも」

 何だかんだ今回の勉強会では安達と加賀見の教え方が丁寧でわかりやすかったこともあり、日高には大層効果があったようである。アイツら教師に向いてるんだな。

「そうか。それはよかったな」

「でもさ、もし君がよかったら」

 俺の横に並びアイスを食べていた日高が、俺の方を顔を向ける。


「リンカも寂しがるだろうし今後もテスト勉強とか一緒にやらない?」


 今後も……か。どうせ加賀見や安達をまた巻き込んでそうなりそうな予感がひしひしとしていた。

「……そのときになったらまた考えさせてくれ」

 とりあえず保留ってことにしておいた。日高は「そっか」とだけ返事した。


 今後のテスト勉強について断りたいのは山々だが、ここで突っ撥ねても意味はない。

 それに、次のテストは二学期の中間。その頃には安達・加賀見・春野・日高との関係も変わっているかもしれない。

 具体的には女子四人とまとめて縁が切れて、かつてのモブ生活を謳歌しているかもしれない。

 女子四人の交友関係はこのままなら長く続くと思うが、俺は今のモブからかけ離れた学校生活を諦めて受け入れてなんかいない。

 無論、加賀見が理想の生活を取り戻す上で一番の障害なので、何よりコイツをどうにかしなければ事態は好転しない。

 でも奴だって俺と同じ人間だ。長く付き合えば必ず隙や油断は生まれるはず。

 俺がその油断をまんまと突かれたときのように。

 だから俺は、次に打つ手が功を奏して元のモブキャラに戻っている可能性を否定しないのである。


 アイスをゆっくり味わっていたら見る見る溶けていく。今でもそれだけ暑いのにこれからますます暑くなっていくのかと、天に(ちゅう)する太陽をつい睨みつけた。


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