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第035話 留守番

 急遽開かれることになった期末テスト勉強会について場所は安達家に決まった。

 前回遊びに来たときもそうだったが安達の親御さんは共働きらしく、安達が中学二年生の頃から夜8時まで帰ってこないのが日常的になったそうだ。

 となればリビングの方も人が空いているので、安達・加賀見・春野・日高・俺の五人で集まって勉強するのに都合が良いということになった。

 そして日時は今日の放課後。

 安達のご両親が働いてて家にいない平日であることと、とにかくテストまで残り日数が少ないことから早い内に数学の勉強のコツを掴まなければならないということで、早速皆で日高に数学を教える運びになったのだ。


 というわけで俺達五人は今安達家の最寄り駅から安達家までの道のりをひたすら歩いている。

 安達と加賀見が先頭、俺が最後方、そして春野と本日の主役である日高は真ん中という布陣で縦並びに歩いている。車も通るし五人横並びは無理だよね!

「安達さんも加賀見さんも勉強得意で良かったよ」

「いやー、それほどでも」

「別にそんなことない。春野さんも得意」

「いやいや、私なんて」

 そう。この五人の中で一番中間テストの点数を稼いでいたのは加賀見だが、安達と春野も全教科で60~80点を取っており、いずれも平均点を上回っている。

 日高とて文系の教科は成績良く、中間テストの現国では90点をマークしている。どうも日高は極端なタイプのようだ。

 したがって中間テストの五教科の合計で言うと、俺が日高を下回りドベになる。全部平均点前後だからね、勉強得意な奴らに敵うわけないよね。

「それに、勉強は恐らくそこの後ろを歩いてる奴が一番得意」

 加賀見が背後にいる俺の方へ人差し指を指して言い放つ。

「こん中で一番合計点低い俺が何だって?」

「満点取れるぐらい頭いい奴なら平均点も狙って取れるんじゃないの?」

「は、何を根拠に」

 体力テストでの出来事から類推してるんだろうが、こればっかりは俺がそうしてるなんて証拠を示せないだろ。

「加賀見さん、わざと平均点取るって何かメリットあるの?」

「……さあ、強いて言うなら変に目立たなくて済むとか?」

 春野が純粋に気になるという口振りで尋ねた質問に対して、加賀見が投げやりに答えた。

「……ふーん?」

 と春野は不得要領な様子だったが、俺には加賀見の答えが図星として的確に突き刺さり、一瞬歩みが止まってしまった。


 春野の一件での俺の行動から、加賀見は俺が目立つことを嫌う人間だと察していると思われる。

 もっとも、それより前から不本意にも行動をともにする時間が多かったのでとっくの昔にそう察していてもおかしくはない。

 だから今更といえば今更だが、自分の心を見透かされるようなことを突然に言われるのはどうにも面白くなかった。

「……黒山君?」

「ん、どうした」

「いや、何か体調悪いのかなって」

 春野が俺の顔を見てそう声を掛けた。おっと。

「目的地まで歩くのがちょっとキツいな、て思ってたんだよ」

「あ、あはは、何かゴメンね皆」

 安達が自転車を引きながら謝る。

「大丈夫。でもミユ、ちょっとでいいからその自転車を私に」

「ねえマユちゃん、それは流石にどうかと思うよ」

 そろそろしんどくなってきた加賀見が安達の自転車を所望する。

 安達さん、そこ(たしな)めるんなら加賀見の俺に対する普段の言動も窘めてくれよ。



 安達の家に到着した俺達は早速リビングに移動する。

 前回は安達の部屋に直行したので初めて見るのだが、五人で共有するには充分広かった。

 各々が思い思いにテーブル周りの椅子に腰掛け、ペンやノートを取り出す。

 日高が取り出した教科書や問題集は勿論数学のだ。

 問題集は我が校が独自に選定して生徒に配布されたものであり、数学を担任する山岸先生が一年のテストはこの中から数値やら細かい条件やら一部変えて何個か出題する旨を通知していた。

 だからまあ、問題集の問題を自力で解けるようになれば大方何とかなる。そこで皆一丸となって日高に数学の問題集の内容を指導する方針を取った。

 俺は鞄からラノベを取り出し悠々と読書を嗜み

「おい」

 たかったのだが、番長がドスを利かせて俺の行為を咎めてきたので慌ててラノベを引っ込めて数学のノートなどを取り出す。番長が誰のことかって? 察しろよ。

 いつも思うんだけど、あんな人形みたいな体躯からどうやってあんな禍々しい声やオーラを出せるんだろう。


「えっと、ここは……」

「ここは、こうやって……」

 皆で過程の数式や図を書いて丁寧に日高に説明していく。特に安達の説明がうまく、日高もゆっくりとだが次第に自分で数学の問題を解けるようになっていった。

「ちょっと休憩しようか」

 気付けばあっという間に1時間以上経過していた。皆も人に教えるという普段慣れてない作業のせいかどこかしらに疲れが見て取れた。

「ミユ、ジュースある?」

 加賀見が安達に軽く尋ねる。前回来たときよりも互いに遠慮がなくなっているように感じた。

「ちょっと待ってて……あー、切らしてる」

 安達が冷蔵庫の扉を開けたままそう答える。

「そっか、ちょっと近くで買いに行かない?」

「うん、そうしよう」

 安達と加賀見が立ち上がる。

「春野さんも手伝ってもらっていい?」

「あ、うんいいよ」

「ありがとう」

 安達の呼びかけに応じて春野も椅子から立ち上がった。

「アンタは留守番してて」

「ん、おう」

「あれ、私は?」

「今日は日高さんの赤点を防ぐことが目的だから、次の勉強に備えてゆっくりしてほしい」

 加賀見の言葉を受けて日高は「あ、じゃあお言葉に甘えて……」と椅子に座り直した。

 こうして買い出しのため安達と加賀見と春野の三人が家を出、日高と俺の二人がお留守番になった。

 何かの偶然で他の安達家の方々がお帰りになったらどうしよう。「お邪魔してます」って言えば許される?

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