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第034話 赤点

 女子達の遊びに付き合わされて数日後。

 期末テストも一週間前に迫り、いよいよ周りの生徒達もテストの話題を口に出すようになった。

「俺全然勉強してねーわー」

「化学赤点になっちゃうかも、ヤバ」

 皆一様に自信がない旨をヘラヘラしながら口にするが、もし本当に赤点取るぐらい苦手な教科があるなら、そんなことしてる余裕なんて果たしてあるのか。


 現に、春野の隣にいる日高という女子が相当に項垂れているではないか。

「ねーサツキ、いい加減調子戻してよ」

「ど、どうしよう、ろくに勉強せずにここまで……ここまで……」

 春野の言葉に耳を傾ける余裕もないようで何やらブツブツ呟いている。

 いつもはサバサバした調子で春野とともに颯爽とこの二組の教室へ入り、朗らかな雰囲気で話に参加するのに今日はその面影が微塵もない。

 この二組の教室に入ってきたときも春野が日高の手首を掴んで、迷子のように春野に連れられてくる有様だった。あまりに雰囲気違うもんだから一瞬新キャラかと思ったぞ。

「……まだ、時間は余裕と思ってたのに……気付いたら後一週間って……」

 しかし見てみろ、さっきの奴らよりもこういう手合いの方がいかにも赤点取りそうだろ?


「日高さん、苦手な教科あるの?」

 安達が恐る恐る日高に尋ねる。苦手とかいうレベルじゃないだろこれ。

「よかったら私達でフォローする」

 加賀見が心強い言葉で励ます。私達(・・)というのが誰を含んでいるのか、すんごく問い質したい。

「実はサツキ、理系の教科が得意じゃなくて。特に数学の中間テストは赤点ギリ……」

「言うな!」

 頭を下に向けていた日高が春野にグルンと首を向けて発言を制止する。いやもう遅いよ。お前にとって特に聞かれたくないであろう「赤点ギリギリ」の部分が七割以上聞こえてたよ。


「期末に赤点取ったら夏休みが二週間ぽっちになるんだっけか」

 我が校において中間テストで赤点を取った場合、その教科の補習を放課後に一定期間受ける。

 期末テストで赤点を取った場合、その直後に控えている長期休暇の内所定の日数を割いて学校で補習を受けなければならない。

 一学期の期末テストは特にキツく、七月下旬~八月末までの本来40日近くある休みの内二週間程を除き、残りの日は全て学校で補習を受ける羽目になる、らしい。

 補習を受けなければ言うまでもなく留年確定。

「私もそう聞いてる」

「だからかな、周りの人達にも鬼気迫るものを感じるよ」

 日高程ではないにしろ、今この二組の生徒達は軽口を叩きつつ顔にいつものような明るさが見られず、それなりに来たるテストへの不安を窺わせている。

 俺? 毎度のように平均点そこらをキープしてますよ? この前の中間もそうだったし。

「……」

 日高の目に僅かに残っていた光が儚く消えていった。俺のさっき言った「二週間」というワードがとどめになってしまったらしい。ゴメンね。


「ねえ、皆にお願いがあるんだけど」

 春野が安達・加賀見・俺の三人に向かって改まる。

「サツキの勉強、一緒に見てくれない⁉」

「え」

「え」

 思わず呟く。日高も同時に。

「サツキ、文系の教科は特に問題ないんだ。理系も数学以外はこの前のテストの点数からして赤点を取る可能性は低いと思う。だから数学だけでも私と一緒になって勉強を教えてほしいの」

「ちょ、リンカ……」

 日高が春野を止めようとしたら、春野が日高の前に、腕を通せんぼの如く伸ばしてきた。

「ね、お願いできるかな……?」

 不安に満ちた表情でお願いしてくる春野。

「うん、いいよ!」

「数学なら何とかできると思う。任せて」

 安達と加賀見が春野に向かって同時にサムズアップ。ホント仲良いよなお前ら。

「ありがとう!」

「……あ、ありがとございます」

 さっきの表情から一転して満面の笑みを浮かべる春野に対し、ぼうっとした表情でとりあえずお礼を述べる日高。おい、教えてもらう張本人が話についてこれてないみたいだけどそれでいいのか。


「俺は勉強は取り立てて得意じゃなくてな」

 俺はとりあえず役立たずをアピールして婉曲的な断りを試す。どうせ例の悪女に言い負かされるのはわかってるが、ほら、勝負に絶対はないって聞くしひょっとしたら偶には俺が勝つかもしれないじゃん。

「あー、そう言えば全教科平均点近くだったね。狙ったように(・・・・・・)

 加賀見(例の悪女)が何かを含んだ物言いで俺の中間テストの成績を確認する。

 実は中間テストのときも安達と加賀見と俺の三人で成績を昼食時に教え合ったことがあったのだ。

 勿論俺の場合は加賀見から半強制的に吐かされたよ! まあ減るもんじゃないし別にいいけど。

「ってことはアンタに教われば平均点ぐらいは取れるんじゃないの? 要は赤点が凌げればいいわけだし」

「いや、勉強得意な人に指導役を一任した方が効率的だろ」

 聞かされたから知ってるぞ加賀見、お前数学で90点以上取ってたじゃねーか。

 他の教科も最低80点以上と、平均40~50点台の中間テストの中では明らかに上位の点数を軒並マークしてやがった。

 この女はどうも運動に振るべき能力を勉学に振られたようである。


「あ、別にそこまでしてくれなくても、大丈夫だよ」

 ここで日高が申し訳なさそうに俺達に話しかける。

 いつもの明るい調子が今日は嘘のようになくなっていた。

 春野がそんな日高を物憂げに見つめていた。

「……赤点免れたときに何か奢るって話なら」

 俺の口からそんな言葉が漏れた。あれ?

 その言葉を聞いた加賀見が俺に振り向き、驚いたように目を少し開いていた。

 驚いてんのは俺も同じだよコンチクショウ! 一体何言ってんだ俺は?

「……ふふ、なら遠慮なく頼むよ」

 日高は俺の言葉に乗った。

「よかった……」

 春野が日高と俺を見てそうぼやいた。


 その後場所と日時を決めたところで業間休みが終了になった。

 去り際に俺の方へ見せた加賀見の無表情が頭から離れなかった。


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