第033話 プライド
カラオケで遊んだ後は解散となった。やったね。
とは言っても俺達五人は全員電車でやってきたため、丸船駅まで一緒に歩いて帰ることになる。
「またこうやって遊ばない?」
「うん、楽しかったもんね」
「私も賛成」
「次はもっと違うとこ行ってみよー」
「いいね!」
よくない。女子四人で行ってくれよ。
「俺は行ければ行くよ」
「絶対行かないパターンじゃん」
安達、それは言わないお約束だ。お前も同じ手を使えなくなるぞ。
「大丈夫、私が来させる」
「どうするつもりだよ」
「実際そうなってからのお楽しみ」
そんなことを宣う加賀見さん。単なるフカシじゃなくて実現しそうなのが毎度ながら恐ろしい。
「また行こ、黒山君」
春野が優しく微笑みながら誘う。
今日一日を費やして春野と一緒にいてわかったが、本人の態度は相当に謙虚だ。
日高に対しては慣れた仲ということもあってもう少し砕けた態度になっているが、安達や加賀見や俺に対しては常に気を配っていた。
少なくとも俺にとって、春野と話しているときにストレスを感じることはまずなかった。どこぞの悪女とは大違いだ。
正直、春野が校内で有名な存在でなかったならもう少し一緒にいることもやぶさかではない。
いや、今日のカラオケでのことを踏まえると加賀見に対するストッパーともなり得るので、俺が安達や加賀見と強制的に関わらされる際は同伴してほしいとさえ思える。
その一方で、春野は目立ちすぎる。
春野という少女が俺というモブ男子と仲良さそうにしている光景は、如何せん春野に憧れる男子の注目の的となる。
その野郎共は俺に嫉妬を向けるであろう。自分でさえまともに話したことがないのに、何でアイツがあの春野さんから話しかけられてるんだと思われるのは想像に難くない。
モブ男子にあるまじき立ち位置である。常態化すれば恐らくより以上に厄介な展開が待っている。
だから、春野が悪いわけでは全然ないのだが、俺としては春野の付き合いを極力避けておきたい。
「そうだな」
でもそれは学校の中での話だ。
今後も加賀見や安達と学校の外で休日に遊ぶ(遊ばされる)機会はやってくると思う。
その際には寧ろ俺の方から春野に力を借りたい。
俺の生活を脅かす加賀見の暴虐を止める手助けをしてほしい。
情けない? 百も承知だそんなもん。モブが主人公を頼って何が悪い。
モブにプライドなんざ要らねえんだよ。
学校の外でも同じ学校の生徒に目撃される心配はあるが、そんなの変装すれば何とでもなる。今度帽子やグラサン買おっと。帽子は麦わらにでもすればいいのかな。
ちなみに変装についてはついさっき思いついたので、今回のお出掛けには間に合いませんでした。翌日学校で変な噂が増えてないことを願ってます。
学校の中で春野とどう接するかは……また後日考える。
「ラノベ借りたいときはメッセージとかで連絡してくれ」
一応約束したしな。
「……うん!」
春野が元気一杯に返事をした。
卓越した容姿だけでなく、こんな純真で優しい性格ならばほっとく男はさぞかし少なそうである。
春野はいずれ、あんな下らない変質者のことを忘れるぐらい良い男を捕まえるだろう。
王道の物語の主人公、そう思えるぐらいには良い女だからな。
今日は黒山君のことを少しでも知ることができた。
実は加賀見さん・安達さん・サツキには一緒に四人で下校していたときにこんなやり取りをしていた。
「黒山君のことが知りたいから、何とか遊びに誘いたい」
黒山君に対する関心のことは、三人には以前から話していた。
事前にそういうことを伝えておけば、特に黒山君と親しい加賀見さんや安達さんから協力をもらえるかもという打算もあった。私って性格悪いなあ。
「いいんじゃない?」
「私は問題ない」
「私も!」
そうして打った布石が効果を出したのか、三人とも快諾してくれた。
「今度の業間休み、二組の教室に来て。そこで黒山がいるときに改めて誘って」
そんな加賀見さんのアドバイスに従って遊びに誘った。
ついでに黒山君と連絡先を交換することに成功した……のはいいけど、加賀見さんスゴいなぁ……。
私にはあんな強引に強引を重ねるような手段、絶対に取れないよ。
後でサツキにその件を話したら「アレ、真似しなくていいと思う」と返ってきた。うん……。
そして迎えた当日。
加賀見さん・安達さん・サツキは私に気を遣って私が黒山君に色々と聞き出せるようにしてくれた。ありがとう。正直とっても助かりました。
黒山君の言うラノベにも今日本格的に触れた。今夜早速読んでみよう。
後、あんな歌が上手だったんだ。今度遊ぶときもカラオケを予定に組んでおきたいなー。
それと、あんなに冗談の多い人とは思わなかったなー。全部信じちゃった自分を思い出して未だに顔が赤くなるよ。
本当に今日は充実した一日だった。
「どう? 満足した?」
帰りの電車の中、私と二人きりになったサツキはこう切り出した。
幸いにも帰りの電車に乗る人は疎らで、現在私達のいる車両に乗っているのは私達だけ。
だからマナーが悪いかもしれないが、電車の外にいるときとそんな変わらない声量で会話していた。
「うん! 本屋もカラオケも楽しかった」
「そりゃよかった。しかしアンタも相変わらずだね」
「えー、どこが?」
「その好奇心の強さ。黒山にあんまり迷惑掛けないようにしなよ」
「あー……」
否定できないなー。でも努力するよ。
既にあの件で迷惑掛けちゃったんだもん。これ以上借りを作ったら今度こそ顔を合わせられないよ。
あ、でもラノベも黒山君に借りたいって言っちゃった。また新たに借りを作るってことじゃん。
やっぱ小遣い地道に貯めてちょいちょい買ってこっかな。
ま、ラノベの問題は置いておくとして、
「そうだね、ちょっとは自重します」
サツキにひとまずそう返事した。
サツキの言ったことを肝に銘じつつ、手持ち無沙汰になった私はスマホを開いてメッセージの連絡先の一覧を確認する。
そこには確かに「黒山君」という名前が登録されていた。