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第031話 趣味

 俺達が出向いたのは、駅近くに構える広い書店だ。

 時々マンガやラノベの新刊を見に立ち寄っており、以前加賀見とたまたまかち合った場所でもある。

「じゃ、皆好きに見ていこっか」

「うん、買い物が済んだら入口近くで待ち合わせってことで」

 安達・加賀見・日高が各々自分の行きたいコーナーへ足を運んでいく。初手から自由行動とはな。

 もっとも俺にとっても都合がいいので、とりあえずラノベのコーナーにでも寄ってこうと思ったら、

「あの、私も一緒にいい?」

 春野が俺にそうお伺いを立ててくる。頬を僅かに赤らめ不安げに尋ねるその姿は、そこらの男子を魅了するぐらいに可愛かった。俺には困るだけだが。

「いいけど、俺が見に行くのはラノベだぞ」

「へー、私あんま読んだことないや」

「どうする?」

「うん、いい機会だしちょっと見てみたい」

「わかった」

 そんなわけで、店内にて春野と二人で行動することになりました。

 お願いだから九陽高校の生徒達が他にいないでほしい。

 こんなの見られたら実態はさておいてデートと誤解されるぞ。


「へー、結構数多いんだね」

 春野がラノベのコーナーを見てそんな感想を漏らす。

 そして、ラノベの一冊を手に掴み俺に見せてきた。

「あ、これって今アニメでやってるよね」

「ああ。俺は観たことないが」

「ふーん。黒山君が好きなラノベって何?」

 春野が手に取ったラノベを元に戻した。

 今度は俺がすぐ前に置いてあった本を手に取って、春野に見せる。

「これだな。基本はギャグで、ネタや作風が俺好みでな」

 これの新刊が出てれば買おうかと思ったが、どうやらまだ出てないらしい。既刊は全巻揃えてます。

「そうなんだ。なら私も読んでみるよ」

 春野がそんなことを言う。さっきの店選びといい、俺に依存しすぎじゃないですかね。

「これどっちかって言うと男性向けだぞ」

「大丈夫。試しにって感じで一冊買うだけ」

 春野が俺の手に取った本の近くを見渡し、第一巻を手に取った。

「他に何か欲しい本はないのか?」

「うーん、今月の小遣いも残り少ないし、今日はこれでいいや」

「そうか」

 まあ、本人がいいって言うなら俺もそれ以上は口を挟むまい。


 書店での買い物を終え、入口の付近で他の女子三人を待っていると春野が口を開いた。

「黒山君はラノベ以外にマンガとか読む?」

「ああ、それなりに」

 ラノベもマンガも同じ数買ってる気がする。

「例えばどういうの買ってる?」

「そうだな……」

 それから俺は春野と自身の好きなマンガについて情報を交換した。

 春野は少年向けのマンガ(といっても男女両方読むような作品だが)も結構読むようで、俺と好きなマンガが一致しているものが少なくなかった。

「じゃ、私と結構趣味合ってるの多いね」

「みたいだな」

「ならきっとこのラノベも私に合うかもね」

 春野がさっき買った本の入ったバッグに目をやる。

「それ全20冊近くあるぞ。小遣い大丈夫なのか?」

「に……20冊……」

 春野の顔が少し青白くなった。

「ねえ、お願いがあるんだけど」

「大体予想がつくが何だ」

「もしよかったら既刊を少し借りてもよろしいでしょうか」

 春野が申し訳なさそうに手を合わせて頭を下げる。

 加賀見や安達には見られない謙虚な態度に思わず癒されるが、これだけの美少女に頭を下げさせる絵面というのは中々に人目を引くものだと思う。

 いや、春野自身は全然悪くないんだけどさ。

「わかったわかった。もしそれが面白いと思ったらな」

「ありがとう!」

 春野が相好を崩す。彼女の名前の通り、その笑顔からは春に満開で咲く花を連想させた。


「マンガやラノベ以外に読む本ってある?」

「そうだな、例えばゴルフ雑誌とか」

「し、渋いね」

「料理本とか」

「へえ、料理するの?」

「他にはビジネス書や資産運用に関する本、技術書や歴史について書かれた奴とか」

「す、すごい色々読むんだね」

「まあ、全部嘘だけど」

「え⁉」

 春野が往来の真ん中で大声を上げる。いいリアクションするね。

「悪い悪い。どこまで信じてくれるのかと思って」

「はあ、思わず叫んじゃったよ」

「あ、肩に虫付いてるぞ」

「え⁉ ど、どこ⁉」

「ゴメン、それも嘘」

「もー!」

 春野が眉をしかめて牛の鳴き真似をする。やだこの子、純粋で可愛い。


「お前、騙されやすい性格って家族や友達に言われないか?」

「う……」

 図星だったのか春野は急に気まずい表情をする。

「ちょ、ちょっとだけ、ね。冗談とかはわかるつもりだよ」

 言い訳じみたことを話す春野さん。こちらに目を向けずに言われても説得力に欠けますよ。

「まあ、人のことを信じるのは美徳だとは思うが」

「そ、そうでしょ」

「見ず知らずの人の言動についてはもうちょっと警戒した方がいいと思うぞ」

「……!」

 最初何のことを言ってるのかわかりかねる様子の春野が、思い当たったように真剣な表情になった。

 春野にとっては忘れたい出来事だろうが、体力テストで起きたあの事件においては清掃員に扮した変質者がトイレを点検中と偽り人の目のつかない場所に(いざな)ったとのことだ。

 あんな道も整備されてない、木々だけが無造作に生えてるだけの林の中にトイレがあるなんて考えづらいだろうに、春野はその変質者の言葉通りに林の中へ入り込んでしまったらしい。

 清掃員の出で立ちという、いかにもちゃんと業務に従事してそうな姿に警戒心が多少は緩んだのかもしれないが、もう少し状況を整理するぐらいの備えはあるに越したことはない。

「と、悪い。説教じみたこと言っちまった」

 同い年相手に何やってんだかな、俺は。

「ううん、いいの。アドバイスありがとね」

 春野は首を左右に振った後、改めて俺に礼を言った。


 お礼ならあの日にとっくに頂戴したんだけどねぇ。


 その後女子三人が書店から出てきた。各々お目当ての物を買えて満喫した様子だ。俺だけ何も買わずに終わったけど。


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