第029話 連絡先
今までのことを振り返っているとき、春野からこんな言葉が飛び出した。
「この五人で遊びに行かないかな」
五人? 五人って誰のことだろう。
言いだしっぺの春野を合わせても安達・加賀見・日高の四人しかいない。
言い間違えたのかな?
それとも他に友達を誘うのかな? いや、それだと「この」の部分が説明つかない。
まさかと思うけど存在感が薄い俺もカウントされてるのかな。いやそれは自意識過剰というものだ。仮に誘われても困るし。
「いいよ」
「私も」
「楽しそう」
女子三人は次々にOKしていく。そりゃそうだ。最近のコイツらは傍から見てもすぐわかるぐらい親しい間柄だ。特別な用事がない限り遊びの誘いを突っぱねる方がおかしい。
読書をしつつ仲良し女子四人を見守っていた俺に
「ほら、アンタはどうすんの?」
と加賀見から催促が来る。えーと、一体何の話だろう?
さっき俺も頭数に入ってるのかとあらぬ推測はしていたけれど、
「え? 俺も遊びに誘われてんの?」
「当たり前でしょ」
どうやら事実だったようだ。
「いやいや、いくら何でも女子ばかりのグループに男が一人だけ混じるのはいかがなものかと」
「今更何を遠慮してんの?」
「ひょっとしてナンパ避けに男手を必要としてるとかか? それならもっといい人材が」
「友達として遊びに誘ってるだけだって。そうでしょ春野さん」
「う、うん」
春野が頷く。
「で、どうすんの」
加賀見がさっきと同じ質問をしてくる。今度は右腕を大きく掲げている。その動作は何かな。人の頬を思いっきり引っぱたく前のモーションにも見えるけど。
「ごめん、折角のお誘いは嬉しいけどその日はシュノーケリングの予定があって」
「まだ日にち決めてないよ」
「沖縄旅行でもすんの?」
安達と加賀見が容赦なくツッコんでくる。
「えーと、皆は何日がいい?」
春野が改めて各々の予定を問うと、
「コイツが空いてる日にしよう」
加賀見が女子達の方に向き直り、俺を後ろから親指で指しながら提案する。
「いや、そこまで気を遣わなくても」
「ここまで皆が気を遣ってるんだからアンタも少しは誠意を見せたら?」
営業スマイルになりながら優しく諭すように言ってくる加賀見さん。これもう、行かないのが許されない雰囲気だ。
俺にとっては一人の時間を減らされるのがストレスであることを加賀見はわかっている。
だからこそ、加賀見はこうして俺を女子達の遊びに参加させようとしている。コイツ100年ぐらいコールドスリープしてくれないかな。
他の女子達も何故か俺という異性が遊びに来るのを拒んでおらず、無理に断ればただでさえ目立つこのグループにおいて俺が悪目立ちするのは避けられない。
「……今週の土曜だと都合がいいです」
「だってさ。私は問題ないけど皆は?」
「問題ないよ」
「OK」
「私も」
「……お気遣いありがとうございます」
社交辞令っぽくお礼を言って頭を下げる。女子達(加賀見を除く)が俺の都合に配慮してくれてるのはわかるが、心の底から感謝する気分にはどうにもなれなかった。
さよなら俺の土曜。
その後はトントン拍子に話が進み、土曜10時、九陽高校の最寄り駅である丸船駅へ集まることになった。
「あと、黒山君に頼みがあるんだけど」
「どうした」
当日の荷物持ちとか? 四人分の荷物を一度に請け負うのはちょっと。
「連絡先、教えてもらえる?」
一瞬、耳を疑った。
「ん? 連絡先?」
「そう。当日待ち合わせするから連絡取れないと不便かなって」
あーそういうことか。
それにしても春野さん、校内でも有名な美少女が一介の男子に連絡先を訊いたなんてことがもし噂になったら俺、色んな男子から妬みを買いそうなんですが。夜道を歩けなくなりそうなんですが。防犯ブザー買おうかな。
「メッセージ使える?」
「いや、そのアプリはスマホに入れてないな」
俺のスマホをポケットから取り出し、スマホ内のアプリを確認する仕草を取る。
と、加賀見が腕をぶんと振って即座に俺のスマホをかっさらう。疾風のような動きで目が追い切れなかった。
そして俺のスマホを無断でいじり出す加賀見。コイツにはプライバシーの観念がないらしい。
あまりに堂々とした動きに「人のスマホを無断で使うな」とか常識的な指摘さえする気分が失せる。どうせ俺が言っても無視するだろうし。
「ここに『メッセージ』ってアプリがあるんだけど」
そう言って俺と女子達に見せつけるようにスマホの画面を向ける加賀見。それお前のスマホじゃねえんだよ。
「え? あー、ゴメンゴメン見落としてたわー」
とりあえず嘘を吐いたことをごまかさねばと思い、自分の後ろ頭を撫でながら謝る。
加賀見は俺のスマホを自分の方に向け直し、何やら操作を続ける。すっごく嫌な予感。
「はい、私の連絡先入れといたから」
加賀見はそう言って俺のメッセージの連絡先の一覧画面を俺に見せた。確かに「加賀見」の文字が刻まれていた。
え、コイツ他人のスマホで勝手にここまでするの? 常識ないの? と思ったけど前から常識なかったわ。
しかもこの加賀見さん、これで俺にスマホを返すのかと思いきや、
「はいミユ」
なんと安達に俺のスマホを渡してきたよ。
「え、マユちゃん……?」
見ろ、安達も困惑顔だ。
「コイツのスマホに自分の連絡先を入れてこう。あ、コイツの連絡先は私の方から後で皆に回すから」
え、マジで何言ってんのコイツ。
しかも俺の連絡先をバッチリ記憶したのか。
「あー、なるほど」
「おい納得すんな」
乗っかる安達に流石にツッコむ。付き合いきれるか。
「何? どうせ何だかんだごまかして私達と連絡先を交換しないつもりだったんでしょ」
睨んでくる加賀見。図星を突かれてつい黙ってしまう俺。
「できた。はい日高さん」
「え、あ、じゃあ」
状況についていけてないようで若干戸惑いつつも、俺のスマホを安達から受け取って操作をする日高。
状況に流されずに言いたいことはハッキリ言った方がいいと思うよ。
「終わったから、リンカ、どうぞ」
「あ、う、うん」
俺のスマホを日高から回され、俺の様子を気にしつつも操作をしだす春野。
この間の俺は加賀見に睨みつけられ、そこはかとない恐怖で動きが取れずにいた。蛇に睨まれた蛙の気持ちが今ならよくわかる。睨まれて動けなくなるなんてゲームの世界だけの話かと思っていたよ。
「終わった、よ」
春野はおずおずと俺のスマホを俺の手元に戻してくれた。そんな怖がんなくても大丈夫だよ。あ、加賀見さんの方に怖がってるのかな。俺もコイツが怖いからね、仕方ないね。
メッセージのアプリにて連絡先の一覧画面を確認すると、そこには加賀見・安達・日高・春野の都合四人の名前が追加されていた。
「アンタねぇ、これだけ可愛い子達と連絡先交換したんだから喜びなさいよ」
スマホをじっと見つめる俺の表情を見た加賀見がそんなことをほざく。半笑いで言ってんじゃねえよ。
「お前自分のこと可愛いとか堂々言っちゃうクチか」
この国においては敵を多く作る生き方だと思うけど、まあ頑張って。
「は? 私が可愛いっつってんのはこの子達よ」
加賀見は安達・春野・日高の三人に振り返った。ああ、自分は勘定に入れてないわけね。
三人はどう反応していいのかわからず困ったような笑いを出していた。
その三人を見てるとこっちまで居たたまれなくなって、そっと目を反らした。
以上の経緯で、四人の女子の連絡先を一気に交換しました。
ところで自分から連絡先を教えたわけでも教わったわけでもないのに、勝手に他人の連絡先を入れられてかつ勝手に自分の連絡先が周知されるのって「交換」っていうのかな。