第028話 業間休み
一年二組の教室にて。
後二週間で期末テストを迎える今日この頃、生徒達はそのイベントを気にせず友達と会話を盛り上げていた。
俺はそんな教室をバックに、誰にも目立つことなく自席にて一人読書を悠々楽しむ。
そんな造作もないことが現実からかけ離れた理想と化すなど、一月半ぐらい前の俺なら到底考えられなかった。
というか考えたくなかった。
春野と日高が時折ではあるが一年二組の教室に訪ねてくるようになったのだ。
王子(またの名を榊)の元に求愛しにやってきたのなら大歓迎なのだが、
「おはよう、加賀見さん、安達さん、黒山君」
「おはよう」
「おはよう」
「ん」
彼女達はそんな王子を気に留めず俺達のいる方へ集まり、そして会話を始めるのである。
あの人探しにおいて俺を見つけずに済む計画が失敗した時点で、ある程度覚悟はしていた。
一方で春野が俺に感謝の意を述べるだけで満足し、以後は特に相手しなくなるという淡泊な展開にも望みを託していた。
そんな一縷の望みはタンポポの綿毛のようにあっさり吹き飛び、春野と日高は俺達との会話を楽しむようになった。
といってもそれが毎日でないのはまだ救いだ。
ここ一年二組と春野と日高属する一年五組の教室は別校舎という事情もあって距離が遠い。
通常の休み時間では明らかに時間が足らず、昼休みでも弁当を食べられる時間が短くなってしまう。
そもそも春野と日高には同じクラスに別の友達もおり、いつも安達や加賀見と遊んでいるわけではない。
それゆえ業間休み、つまりは通常より少し時間の多い二限と三限の間の休み時間に、一週間に一~二回の頻度でやってくるという塩梅となった。
思えば俺の理想とする生活は、安達と加賀見が関わるようになってから徐々におかしくなっていった。
二人とも暇さえあれば常に俺の席近くで屯し、当たり前のように俺を会話に巻き込んでくる。
それでも今までは周囲の人からさしたる注目を受けずにやってこれた。
ところが春野がやってくると今までとは打って変わって目立つようになる。
一学年の中でもハイレベルな美少女という噂は伊達ではなく、顔はもとよりスタイルおよび雰囲気など全てが男を引き寄せそうな見た目をしている。
春野の幼馴染という日高も、春野程とは言わずとも安達や加賀見と遜色なく整った容姿で、春野と並ぶ絵面はいっそう映えている。
結果美少女四人の仲良しグループとなり、教室にいれば自ずと教室の男子の何人かはチラチラ目を向けるような存在ができあがる。
それだけならいいさ。コイツらを主役としてバンドなりキャンプなり色んな活動して盛り上がる展開も期待できるだろうよ。
問題なのは
「アンタはそういうの好き?」
と、加賀見が俺を女子達の会話に混ぜてこようとすることだ。ちなみに話は聞いてなかったので、
「おう」
と無難に返答。後は加賀見からの制裁が来ないことを祈るばかり。
加賀見について今まで通りの行動といえばそうなのだが、加賀見とお喋りする女子達の一人に春野が加わったことで事態がややこしくなった。
春野についてこの高校では休み時間には専ら女子と遊んでいたようであり、男子とお喋りするようになったのは俺が初めてらしい。
つまり俺は春野に好意を寄せる野郎共から一身に妬みを集めることになる。
春野が俺のようなモブに惚れる可能性が欠片もないとしてもだ。
何だよコレ……。こんなポジション本来なら王子のものじゃないのかよ。しっかりしてよ主人公(候補)さん。
そんな状況を少しでもマシにしたいと思い、業間のときに俺が教室の外へ抜け出てみたこともあった。
そしたら予想通りというか何というか、俺と同じクラスにいる安達が俺の動きをいち早く見つけて加賀見に連絡するのである。
で、加賀見が隣の一組の教室からすかさず登場。安達も続けて二組の教室から出てきて二人してついてくる。
ちなみにこの二人は春野と日高とも連絡先を交換しているらしく、このときは
「あ、春野さん。今第一校舎の昇降口にいるんだけど一緒にどう?」
と加賀見がスマホを通して誘いを掛けてきた。
「おいおい」
春野を含めた女子四人を連れて学校中を移動すればどれだけ目立つかわからない。
結局二組の教室に戻り、そこでほぼ同時に合流した春野達とも過ごすことになったとさ。
以上のことがあり、あと先日の計画の失敗のこともあり、当面下手に策を練らない方がいいという結論に落ち着きました。
ただ、つくづく思う。
加賀見をどうにかすればこの苦境から脱することができるんじゃないかと。
だがその「どうにか」を現実的にできる方法が思い浮かばないのである。
加賀見が俺に関わる目的は俺への嫌がらせだ。
加賀見に俺を嫌悪させて疎遠になろうにも、奴はとっくに俺を嫌悪した状態だから意味なし。
俺から加賀見へ嫌がらせしようにも奴と同じ手なんざ対策済みだろうし、これ以上の手となると脅迫やら暴行やら犯罪に該当する行為ぐらいしかない。
もし犯罪をすれば加賀見は間違いなくその証拠を掴み、警察なり学校なりに俺を通報し俺の人生を破滅しにかかる。まさに加賀見の思う壺である。
視線を本から加賀見の方にちらりと移す。
今日も今日とて寝たいのか否かよくわからない半開きの目つき。
中学から飛び級してきたのかと思うぐらい小柄な体格に無垢な童顔。
筋肉がついてるようにはちょっと見えないぐらいスレンダーなスタイル。
そんな加賀見は見た目だけなら人畜無害な天使といっても過言ではなく、春野達と並んで無邪気にお喋りする姿を見た男子の中に恋い慕う奴がいてもおかしくない。そのぐらい可愛らしい存在といえよう。
だが、中身はとんでもない地雷だ。
安達・春野・日高と話しているときは至って普通で、人の言動にケチをつけることはまずない。
しかし俺へ話しかける場合は、俺の言動に対してこれでもかと文句を付けたり揚げ足を取ったりしてくる。
まともに受け答えしなければ「制裁」を発動。未だに慣れることのない猫騙しじみた技を喰らうことになる。
そういうのがお好きなタイプの人には是非とも押しつけて差し上げたいキャラクターです。
王子にそういうタイプのキャラが付いてれば他人事としてゲラゲラ笑ってたのになぁ。
余談だけど加賀見の俺に対する制裁を初めて目の当たりにしたときの春野と日高は
(え、何してんのこの人達)
という視線を加賀見と俺に向けてきてたなぁ。加賀見は自業自得だが俺まで同類扱いかよ。
ここでふと気になったので何となく王子の方に目をやった。
王子も相変わらず自分達のグループで会話を楽しんでいた。今日は普段と違う女子も交えて話しているようであり、そこそこに笑いも聞こえていた。
その王子の眼が、俺達のいる方へ一瞬視線をよこした気がした。
ん? 何だろう? 今までにはない感覚だ。
俺達のいる方には他に人もいない。
とはいえ一瞬のことであり、首をこちらに向けたわけでもないので俺の気のせいかもしれない。
そうでなければ、普段こちらの教室に来ない春野のことが気になったのだろうか。
色々想像が頭を巡ったが埒が明かないので一旦頭の隅に置いておこう。
ともあれ今後は春野と時々関わることを踏まえてモブ生活を送れるようにしなくてはならない。
そんなこと本当に可能なのか……と最近は自信がなくなってきてますが、今日も元気にガンバリマス。