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第027話 春野凛華

 例の人を探し始めて何日か過ぎた頃、私達のもとにとある女の子二人が訪ねてきた。

「はじめまして、あなたが春野さんでいいかな?」

 私の名札の方を見つつ、小柄な方の子がそう確認した。

「あ、はい。はじめまして」

 一応そう返事する。

 私も二人の名札を確認する。加賀見さんに安達さんと言うらしい。

 どうしたんだろう、例の人探しの件のことかなと思っていたら、いきなり私の耳元に顔を近付けて

「あなたを助けた人のこと、心当たりがある」

 と囁いてきた。

「……!」

 このときの私の顔はさぞかし驚いた表情になっていたに違いない。

 私の様子を心配したサツキが加賀見さんに対して警戒する素振りを見せた。

「ここじゃ話しづらい。この後改めて時間貰える?」

 加賀見さんは教室を軽く見渡してそう提案した。

 私としてはその話に乗っからないわけにいかなかった。


 私とサツキがいつも利用している、二人きりになれる場所へ加賀見さんを案内した。

 無論サツキも一緒だ。さっき加賀見さんに言われたことも説明済み。

「あなたを助けた人のことだけど、私も遠目で見ただけだから確実ではないし、私の思った通りの人ならこのまま言っても白を切るだけだと思う」

 加賀見さんがそう切り出した。

 白を切る……か。未だに私達の前に現れないのだから、仮に本人を見つけて問い質してもそうなる可能性は理解できた。

「だけど、ソイツがもしあなた達の探してる人だとしたら、そう遠くない内に動きを見せると思うから待っててほしい。あと、ソイツに感付かれたらおしまいだから、悪いんだけどあなた達にソイツのことはまだ詳しく話せない」

 そう言うとともに加賀見さんは頭を下げて来た。

 動きを見せるってどういうことだろう。気が変わって自分から名乗り出るとかかな。

「そんな話をいきなりされても、信じるのは難しいんだけど」

 サツキが加賀見さんに訝し気な顔をしながら指摘してくる。うん、普通はそうだよね。

 でも、

「信じよう、サツキ。今は加賀見さんの言ったこと以外何の手掛かりもないし、加賀見さんがこんな嘘をつく理由もないでしょ?」

「うーん……リンカがそう言うなら」

「ありがとう」

 加賀見さんがそう言って頭をゆっくり上げた。

「それと、これはよかったらだけど」

 加賀見さんが制服のポケットからスマホを取り出す。

「連絡先、一旦交換しない?」

 そう尋ねる加賀見さんは何故か顔を赤くしていた。



 私とサツキは加賀見さん、安達さんと時々放課後に話をするようになった。

 折角の機会なのでもっとお喋りしたいと安達さんから誘われ、加賀見さんも「うん、まぁ」と満更でもない様子で乗っかる形だった。

 私達もこの人達とは何となく気が合いそうと思い、あまり乗り気じゃなかったサツキを説得して一回一緒に帰ってみたら、とても楽しかったのだ。

 例の人探しの件を抜きにしても、この4人でもっと遊びたいと思うようにもなった。

 その人探しがついに実を結んだときは衝撃的だった。


 榊俊也という人が私を助けたと勘違いして、その人のいる一年二組の教室へ急いでいたとき、

「待って!」

 という女子の声がした。驚いて振り向くとそこには安達さんがいた。

 彼女の表情はこれまで見たものとはまるで違う、切羽詰まった真剣なものだった。

「え、どうしたの安達さん」

 何事かと思い尋ねる私に、安達さんは叫ぶように答えた。

「あなたを助けたのは榊君じゃない! 黒山君があなたにそう思い込ませたの!」

「⁉」

 それを聞いてまず私の頭をもたげたのは混乱だった。

 榊って人じゃないの? 黒山君? 思い込ませた? さっき私の聞いた言葉は何なの? 嘘だったってこと?

「えっと……ごめん安達さん。よくわからないから説明して」

 そうサツキがフォローしてくれた。

「春野さんを助けたのは、黒山胡星って人。私と同じ二組にいる男の子」

「え……」

 安達さんは自分のスマホを私達に向けた。

「これに今から、その黒山君とマユちゃんの会話が流れてくる。ちゃんと聞いてて」

 スマホの画面には「マユちゃん」と登録されている話し相手の名前と、スピーカーモードがONの状態を示す通話の画面が表示されていた。


 やがて安達さんのスマホから二人の会話が聞こえてきた。

 一人は声から察するに加賀見さん。

 もう一人は、聞いたことのない、先ほどの男子二人とも声色が違う、男と思しき人だった。

 その会話の内容は、安達さんの言ってることを理解するのに十分な内容だった。

 にわかには信じられないけど。声真似って声優か芸人なの?

 だけど「黒山君」という人が私を助けた人と違うなら、林の中で砲丸を投げたなんて話を知る由もない。

「……二人は今どこにいるの?」

 たまらず私は安達さんに訊いた。

「さっきまで春野さん達がいた場所の近くだと思う」

 私は一年二組へ向かっていた足を取って返した。

 安達さんもサツキも何も言わず私についてきてくれた。


 私が自分を助けてくれた人、黒山君を探していたのは二つ理由がある。

 一つはちゃんと感謝の意を伝えたかったから。

 もう一つは純粋に興味があったから。

 暴漢を圧倒するような強さで撥ね除け、かつ誰にも自分の正体を明かすことなく消えていく。

 そんな物語で活躍するような人が現実にいるなんて、あの日まで思わなかった。

 そんな人のことを、もっと知りたかったのだ。

 どういう姿をしているのか。

 どんな性格の人なのか。

 一体どういう人生を送ってきたのか。

 だから、彼には迷惑だとしても、自分があの事件の被害者だと晒されることになろうとも私は見つけたかった。

 少し時間は掛かったけど、加賀見さんや安達さんの協力のおかげで見つけることができた。

 彼には悪いことしちゃったけど……。

 せめて余計に目立つことのないよう、彼が私の探していた人という情報は隠しておこう。


「今日はありがとうね、加賀見さんと安達さん」

 黒山君と別れた後、加賀見さん・安達さん・サツキ・私の4人で一緒に帰った。

「別にいい。私はアイツの絶望した表情が見られて大満足」

 そう言えば狂ったように笑ってたね、加賀見さん……。黒山君のこと嫌いなのかな。

「私もあんな春野さんと日高さんを騙すような真似なんて許す気なかったからさ、お礼は大丈夫」

 安達さんは普段のお淑やかな調子に戻っていた。ただ、その言葉には先ほど私達に真相を教えてくれたときに見せた熱が少し感じられた。

「ね、これからも時々私達で遊ばない?」

「いいよ!」

「ん」

「そうね」

 私からの誘いに、安達さんも加賀見さんもサツキもOKしてくれた。

「……できれば黒山君も」

 彼のことについてもっと知ってみたいという好奇心から、つい言葉が漏れた。

「ああ、アイツのことなら大丈夫。何せ私達ともよく喋る間柄だし」

 そう語る加賀見さんは不敵に微笑んでいた。何でだろう?


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