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第026話 八つ当たり

 春野凛華は、噂に違わぬ優れた容姿の持ち主であるように思う。

 顔立ちは著名な女優を彷彿とさせるぐらいに整っている。

 体型はモデルと見紛うであろう曲線美を描いたプロポーションを取っている。

 髪は青みがかった黒さで胸の高さまでストレートに伸びており、綺麗な艶がある。

 一年五組の校舎へ赴いて初めて見たときに、名札を確認するまでもなく「春野はコイツか」と一瞬でわかったレベルだ。

 だからこそ、あのイケメン王子とくっつくことに全然違和感がなかった。

 最初は誤解から関係が始まっても、互いの良さに惹かれ合うようになれば結果オーライだと思った。

 何より俺の理想の生活のために、この目立つ人間の目を俺から反らさせる必要があった。


 そのために実に一週間以上も費やし喉を潰すような思いまでして進めた計画は、加賀見達によって破綻した。

 かつて安達の家であんな宣言(・・)を堂々とした加賀見のことを、何で俺は警戒しなかったんだ。

 加賀見があの体力テストの日に俺が公園の林でしたことを知ってる人間の一人だってことを、何で俺は考慮しなかったんだ。

 自分のどうしようもない間抜け具合にほとほと嫌気が差す。間抜けなんて百害あって一利なしだ。


「……あのとき私を助けてくれた人、なの?」

 春野の目は俺をしっかり見据えていた。

 嘘を許さないという気分が声に出さなくとも伝わってきた。

「あんなもん、俺にとってはただの八つ当たりだ」

「……え?」

 春野が俺の言葉の真意を掴みかねているのがよくわかる。説明してやるよ。

「今の俺は事情があって色々と鬱憤を溜めていてな。どこかで少しでも発散できる機会をずっと探してた」

 俺の話を聞いていた安達は顔をやや俯き、俺に向けていた視線をよそにやった。

 加賀見はというと憎たらしい笑みを遠慮なく浮かべていた。

「そんな折、体力テストのときに怪しい奴を見かけた」

 怪しい奴、という部分を聞いた春野は一瞬反応した。

「だからソイツを様子見して何か悪いことをしたら、それを理由にソイツで憂さを晴らそうと思ったんだ」

 少しずつ落ち着いてきた俺はポケットに手を突っ込んだ。深い意味はない。

「ソイツは期待した通りにどこぞの女子に狼藉を働いた。そして手元にいくつか拝借(・・)した砲丸を使って、ソイツを存分に攻撃した。正直胸が空く気分だった」

「……」

 春野だけでなく、周りの女子達も俺の話をじっと聞いていた。

「春野と言ったか。あのとき俺の手元が狂ってたらお前にあの砲丸が当たってさらに凄惨な事態になることもあり得た。そんな奴に恩を感じることも、礼を言うこともないんだよ」

 あんなことした理由は人助けの名を借りたストレス発散。

 しかも本来助けるべき人を必要のない危険に曝した。

 偽善者どころか悪党の所業と評されても文句は言えない。


 俺の言うべきことは言い終わった。

 後は黙り込んで春野の返事を待つ。

「……それでも、あなたがそうしてくれなかったら、あの男にひどい目に遭わされたのは事実だから」

 春野の目はいつの間にか潤んでいた。春野は目を手で拭い、息を大きく吸う。


「あのとき私を助けてくれて、本当にありがとうございます」


 春野は腰を曲げ、頭をしっかりと下げた。

「……そうか」

 他にどう言えばいいのかもわからず、俺はただ呟くように返事をした。



 あれから数日後。

 春野と日高は目的を達したとして、人探しの終了を触れ回った。

 最初に彼女達の所属する一年五組のクラスメイト達に伝えたところ、あっという間に他クラスへ噂の形へ伝播したようだ。

 探し人は結局誰だったのかを気にする生徒達は多いようだったが、春野が俺のことを伏せてくれたおかげで俺の平和は保たれている。

 そして、あれ以来春野と日高が俺の方にやってくることもなく学校生活を平和に過ごせている。

 俺の計画が台なしになったことに未練は残るが、以前の状態に戻ったからまあいいか。

 そう思っていた俺の状況はその日の休み時間に激変した。


「……どういうこと?」

「へ? 安達さんと加賀見さんの所へ遊びに来たんだよ」

 春野と日高が俺の所にやってきていた。

 うん、俺の傍には望んでないのにいつも安達と加賀見の二人がいるからね。

 この二人に用があるなら必然的に俺の傍に来ることになるよね。

 とにかく目立つ見慣れない美少女が教室に入ってきたことにより、二組のクラスメイト達がいつもよりざわざわしている。

 勿論クラスメイト達の視線はその美少女に注がれる。

 春野さん、あなたのことですよ。

「な、なるほど。なら俺は関係ないな」

「加賀見さんから、黒山君といつもお喋りしてるって聞いたんだけど」

 いや、それ真っ赤な嘘だよ。

 と否定しきれないのが悲しい。だって話聞かなきゃ暴力紛いのことして来るんだよあの悪魔は。

「まー、そんな迷惑そうな顔しないでよ」

 俺の肩をバンバン叩きながら宥めに掛かる日高。そんなんでごまかされないぞ。

「ホント、細かいことばっか気にするんだから」

 おい、加賀見(悪魔)よ。今すぐエクソシストをここに連れてきてやろうか。

「いやー、二人が遊びに来てくれて嬉しいよ」

 安達が春野と日高を歓迎する。そうか、それなら安達家に呼んで遊べばいいじゃん。

 もしくは五組の教室とかでもいいから俺から離れた所で好き勝手に盛り上がってくれ。


 もしかしてこれから毎日春野と日高が遊びに来るの? え、嘘でしょ?

 俺をよそに盛り上がる四人の女子に対して他人のフリ、というより現実逃避のために俺はラノベを開き、ひたすら読書に集中した。

 話を聞かないと加賀見から攻撃? もう知らんよ。


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