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第025話 御破算

 春野とその友人が走って出ていくのを彼女達の死角になる場所で確認し、俺は一息ついた。

 俺があの日したことを全て王子のしたことのように話したのを受けて、春野は飛び出していった。

 やはり春野が被害に遭った事件とは、俺の関わっていた事件のことだったのだ。

 もし手を打たなければ春野達の方であれこれ推理され、下手すれば俺に辿り着いてたのかもしれない。

 そう思うとゾっとした。


 だが、そんな俺を悩ませ続けた懸念がこれで終わる。

 校内で有名な男女が結ばれていく物語がこれで始まる。


 今までの疲れが押し寄せたように体の力が抜け、つい学校の壁へ背を(もた)せかける。

 同時に()も言われぬ達成感が心を暖かく包み込んでいる。日の光をたっぷり浴びた干したての布団に飛び込んだような心地がする。

 そんな安堵した気持ちに水を差したかったのか、予期せぬ人物が鷹揚に拍手しながら登場した。

「お見事。素敵な名演だった」

 仰々しい物言いとともに加賀見が俺の元に来た。

「声真似が特技だなんて知らなかったな」

「ただの付け焼き刃だがな」

 そう。さっきの男子達の会話は全て俺の一人芝居だった。

 王子こと榊およびその友人の声真似を一週間ぐらい掛けて家でひたすら練習した。

 春野達に聞かせた会話も俺が家で書き上げた脚本の通りだ。

 この後春野は王子の元に向かってお礼を言うであろう。

 何も知らない王子は当然否定するだろうが、春野はさっきのやり取りからしらばっくれているものと認識することだろう。

 晴れて春野が王子に惚れ、恋愛物が始まるという筋書きだ。

 仮に春野を助けたのが王子でないと気付いたときが心配だが、その頃には事件の記憶も曖昧になり、俺を目撃していたとしてもはっきりとは思い出せなくなる期待もできる。

 これにて計画は成就した、と。


「ところで、いくつか尋ねたいことがあるんだけどいい?」

「……何だ」

 こちとら数日間ずっと動きっぱなしだったんだ。暫く休ませてほしかったが、加賀見に言っても無駄だと察してとりあえず質問を促した。

「春野さんが自身を助けた人を探してたとき、私がアンタのことを春野さんに教えなかったのって何でだと思う?」

「わざわざそんなことする理由がないだろ」

 加賀見が赤の他人にそこまでする程親切じゃなかったってだけの話だろ。

「アンタが私達と一緒にいるのを拒否したときに、私がアンタをすんなり行かせたのって何でだと思う?」

「さあな」

 確かに違和感があったが、当時は計画で忙しかったこともあり、気にしてる暇がなかった。

「それとゴメンね。ここ数日、アンタの挙動があまりにも怪しいもんだからミユとともに尾行させてもらってたんだ。そしたら何と春野さん達のことを調べてたらしいじゃん」

「……何?」

「春野さん達の校内での行動パターンを観察するかのように、春野さん達がいる校舎を全フロア隈なく周回してたよね。事情を知らない人にはただの散歩に見えただろうけど、誰狙いかわかってる人からすればストーカー一歩手前だったよアンタ。その時点でアンタが春野さんに何かを仕掛けてくるのは察しがついたから、先手を打たせてもらった。アンタが春野さんを観察してないときに、春野さん達とコンタクトを取るようになってね」

 加賀見の話を聞いてる間、汗がずっと引かない。どんどん体の芯が冷えていくのが実感できた。

 当時の俺は計画の成就に意識を割いていたこともあり、誰かに尾行されているなんて全く気付かなかった。

「……お前の方こそ、やってる行為はストーカーそのものだろ」

「言ったでしょ? 理由はアンタの挙動が怪しいからだって。だから友人(・・)として心配になってミユとも協力して後を追ってたの。アンタが良からぬことをしたらすぐさま止められるように、ね。そしたら偶然(・・)にもアンタが春野さん目当てって推測できただけの話よ」

 いかにも嘘くさい口ぶりだった。友人だと? 笑わせんな。

 それよりもコイツ、(はな)から俺を泳がせてたのかよ。

「今日もホントわかりやすかった。アンタがいつになく大真面目な顔して教室を足早に出ていったからミユとともについていったら、春野さん達が近くにいるこの場所へ向けて何やら芝居してるんだもん。あたかも別の人が春野さんを助けたんだとミスリードするような芝居をね」

 加賀見がここで、俺ではなくどこかしらに視線を向ける。

 俺の記憶が確かなら、その視線の先は春野とその友人が走っていった方角だった。

「既にミユが春野さん達の元へ向かって事情を説明してる。さっきアンタがやった下らない茶番劇も込みで」

 加賀見の長広舌が終わったとき、加賀見の向いた方から女子が数人こちらにやってきていた。


「……くくっ」

 加賀見が俺の方へ向き直り、(こら)えきれないとばかりに笑い出す。

「あーっはっはっは! 今のアンタの表情、もうサイコー!」

 サイコーじゃねぇんだよサイコパス。こっちは今それどころじゃねぇんだ。

 近付いてきた安達がドン引きするのも構わず、加賀見は思いきり腹を抱えて笑い続けた。

 春野の友人らしき女子も加賀見の様子に「うわぁ……」と言いたげな表情をしていたが、春野本人は加賀見のことを気にせず俺の方をじっと見つめていた。

「そうそう、この度ミユと私に新たなお友達ができたの。紹介するね」

 ようやく笑いを収め、目を人差し指で拭った加賀見が女子達の方へ向き直った。

「この人が、春野凛華さん。そして、日高皐月さん」

 俺の目の前には安達と加賀見の他に、二人の少女が並んで立っていた。

「あなたが……」

 その二人の少女の内の一人がおもむろに口を開く。

 俺は最早、観念するしかなかった。


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拙作が日間現実世界〔恋愛〕ランキングBEST100に入った記念に、本日はもう一話投稿致しました。

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