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第024話 名乗り

「そう、それでどうしてもリンカを助けてくれた人にお礼を言いたいと」

「うん……」

 私の部屋で、サツキと二人きりになって体力テストでの一件について話す。

「でも手掛かりが何もないんじゃ、探すのは相当難しいよ」

「うん、だからダメ元で一つやってみたいことがあるんだ」

「やってみたいことって?」

「学校にも迷惑掛けることになるけど……」

 私が校内放送を通じて助けてくれた人に名乗り出てほしい旨をお願いすること。

 そこで自分があの一件の被害者であることを明かすこと。

 私の名前が出ないよう配慮してくれた学校側には申し訳ないけど、それをしないと私を助けた人も誰に名乗り出ればいいかわからなくなる。必要なことだった。

「……それ、本気で言ってる?」

 サツキが半信半疑な様子で私に確認してくる。

「うん、本気」

「あのときの被害者ってことで周りからの扱いが変わるかもしれないんだよ?」

「わかってる。正直怖い。でも……」

 全校生徒に私が事件の被害者と知られた後のことを考え、俯いてしまう。

 だけど、私は……。

「しょーがないなー。なら変なことが起きないように付き合ってあげるよ」

「え……」

「これから学校にも協力を仰がなきゃいけないのに、一人だけじゃ不安でしょ?」

「サツキ……」

 目が潤んでくる。サツキがいなかったら、今頃私はどうしてたんだろうか。

「ありがとう」

 目の前でニカっと笑うサツキに私は頭を下げた。


 それから私とサツキは、私達の所属する一年五組の担任である秦先生に頼み込んで朝のホームルームのときに全校へ「お願い」を放送して頂いた。

 校内放送の後、私は周りからどう見られるのか不安だったが、サツキを始めとしたクラスの友達が私のことを心配してくれ、その後他のクラスメイトからも妙なことを言われることなく過ごすことができた。

 私はその優しい世界にただただ感謝していた。

 でも、例のお願いに対して私を助けたと名乗り出た人が複数いたのは一体どういうことなのだろう。

 名乗り出た人達は全員男子で、私もサツキも彼らの言ってることに疑いを持った。

 その後失礼は承知であったが、サツキと私であの一件において何があったのか詳細を説明してもらうことで、彼らの真偽を確かめることにした。

 あの一件については物事の詳細を生徒達に知らせていない。私もそれを希望していたから。

 知ってるのは当時私から直接説明した先生方と、私の家族に、幼馴染のサツキ、そして私を助けてくれた人ぐらいである。

 全員から聞き取りをした結果、あのときの状況を正確に説明できる人はいなかった。

 私にとってはタチの悪いイタズラにしか思えず、甚だ不愉快だった。

 彼らは生活指導の先生からコッテリ絞られ、その後の放送で今後同じようなことが起きた場合は徹底的に厳しく指導する旨が周知された。


 そして校内放送から一週間以上が経った後。

 私とサツキは二限と三限の間の休み時間になると、いつも校庭の人目につかない場所で二人きりになる。

 友達から言われたのだが、私が一年でも特に可愛い少女ということで噂になっているらしい。

 自分ではよくわからないが、そんな噂があるからか日に日に私とその友達へ向ける視線が増えていった。

 特に校内放送からは拍車を掛けて視線を向けられるようになった気がする。

 今のところ良くない事態が起きているわけではないが、人からジロジロ見られるのを避けるために、私は一日に一回こうして人の視線のない場所に来ており、サツキにも付き合ってもらっているのだ。


「一昨日も昨日も名乗り出ない……やっぱダメなのかな」

「未だに出てこないってことは、そうかもね」

 弱音が口をついて出る。サツキも変に否定せず、現実を改めて突きつけるようなことを言った。

 私はサツキのそういうところが嫌いじゃない。

「でも、まだ諦める気にならない。もうちょっと付き合ってもらっていい?」

「勿論。リンカが続けたいなら」

 現実にキツいことでもこうして私に付き合ってくれるから。

「ありがとう!」

 と、ここでどこからか男子達の話し声が聞こえた。

 私達のいる所まで内容が伝わるやけにクッキリした声だ。


「なあ、俊也。まだ言わないのか?」

「何が?」

「お前が体力テストの日に変態から女子を助けたって話」

 え……? 私もサツキも困惑した。

 それって私の、あの一件のこと?

「確か砲丸を林の中で女子を襲ってた変態に当てようとしたんだっけ? なかなかワイルドだよな」

「ああ、そのことは別にいいだろ」

「助けた女子って春野さんのことだろ。この前の校内放送聞くとさ」

「かもな。女子の顔は見えなかったから春野とは知らなかったよ」

「あの子に対して名乗る気ねーの?」

「ない。感謝が欲しくてやってるわけじゃないんだよ」

「おー、謙虚だね。流石は二組の人気者の榊俊也さん」

「やめてくれ」


 一連の会話は徐々に小さくなっていき、やがて聞こえなくなった。

 しかし、聞こえてきた部分は私にとって重大な事実を伝えてきた。

 彼らの話した女子とは、砲丸云々のことを考えても間違いなく私のことだ。


 あの日私を助けたのは榊俊也さんという人なんだ。


 私はたまらず先程まで声のしていた方へ駆け出していた。

「あ、ちょっと待って、リンカ」

 サツキもそんな私を追う。


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